33.涙雨、儚くもうるわし(六)
「山崎さんの大坂のご実家は、お医者様の家系なんでしょう?」
「せや、針医やけどな。屋号は林屋っちゅうんやけど、高麗橋の近くやで」
「それなら、常宿にしてる京屋忠兵衛さんのお宿にも近いんですね」
「大坂で針灸が必要な時はご贔屓に。針医の林五郎左衛門ちゅう名前で分かるよって」
「宣伝してるー」
「そやさかい医学の心得は多少持ってるんや。良順先生には救急法を、南部先生には
「わたしにも教えてください。何かあったとき手伝えるように」
「血ぃ、見ても平気なんか?」
「平気じゃないけど…そんなこと言ってられないもん。良順先生にも褒めていただいたんですよ」
「せやなぁ」
「よろしくお願いします、先生」
「我は新選組の医師や。かれんは助手ってとこやな」
とか言って、おどけて笑った。
よく一緒に隊士の看病をしたり。
わたしにとっては医学と裁縫のお師匠様でもあるのだ。
器用な山崎さんは多方面で大活躍。
“困ったときは山崎”
という合言葉が出回っているほど。
局長や土方さんからの信頼も厚い。
「わたしも役に立ちたいな」
「たくましいな。賄いに掃除に洗濯、看病もして大忙しやろ」
「平気!自分でもこんなにたくましいと思わなかった」
「今のまんまでも副長にとっては大事な
そんなことストレートに言われると、照れちゃうじゃない。
山崎さんは意に介さず、って感じだけど。
「あの、かれんさん」
「はい?」
「表にお客様が見えてます」
「わたしに?こんな時間に誰だろう?」
「若い
「はーい。今行きますね」
女の子の知り合いって言っても…お幸ちゃん、お孝ちゃん、おまさちゃん、明里さん。
他に心当たりは…ない。
むしろ、沖田さん・平助さんファンには嫌われてるからなぁ。
土方さん・伊東先生ファンは比較的大人の女性が多いから、嫌がらせとかそういう類いはないけど。
「お孝ちゃん!どうし…」
「かれんちゃん!助けとくれやすっ…お姉ちゃんが」
「お幸ちゃんがどうかしたの?!」
「お姉ちゃんが…倒れて」
「えっ!?お医者様には?」
「まだ…うち動転してしもうて…発作もなかなかおさまらへんし、呼吸すんのもしんどそうやし、どないしよ…」
「落ち着いて!とにかくお医者様に知らせて。お幸ちゃんのそばにいてあげてね」
「分かった」
「局長に知らせて、すぐに一緒に向かうから!」
バタバタと走って局長の部屋へ行ったけれど姿がない。
ああ、もう!
屯所が広すぎる!
屯所中を駆け回る。
局長どこ!
いない!
よりによってこんなときに…
土方さんも出張で京にいないし。
どうすれば…
迷ってる暇はない。
誰か、確実に局長の居場所を知ってる人…
「山崎さん!局長、どこにいるんですか?!」
「局長なら、祇園の料亭で會津藩との会合に参加されてはるけど…」
「それ、何て料亭?!」
「花見小路の一力亭やけど」
「ありがとう!」
「おい!かれん!どこ行くんや!」
局長の居場所を聞くと同時に、大急ぎで屯所を飛び出した。
夜空から小雨が降っていた。
お幸ちゃん、どうか無事でいて…
暗いとか危険だとか、そんなこと構ってるヒマはない。
京の町にも随分詳しくなった。
こうしてひとりで飛び出せるくらい。
来たばかりの頃はよく道に迷って、泣きながら帰った。
「失礼いたします!」
「へぇ、おいでやす」
「新選組の屯所に勤める秋月と申します。近藤先生にお取り次ぎいただけますでしょうか?」
駆け込んで来たわたしに、お店の人の怪訝な顔。
「こちらにおいでですよね?!」
「どないな御用件どすやろ?」
「急用です!一刻も早くお伝えしなければ!」
「そう言わはりましても…」
「急いでるんです!お願いします!」
一見さんお断りの壁が…
「人の命がかかってるんです!もしものことがあったら、責任とってくれるんですか?!」
「いや…そら、えらいこっちゃ!少々お待ちを…」
脅すみたいなこと言って申し訳ないけど、こっちは史上最高に切羽詰まってるの。
許して、おじさん。
玄関口に出て来た局長は、わたしの顔を見るなり驚きの声を上げた。
「どうした?!ひとりで来たのか?こんな時間に危ないじゃないか」
「局長!そんなことどうでもよくて!お幸ちゃんが倒れて、様子がおかしいって」
「何だって?!」
「すみません、会合の途中に。お孝ちゃんの慌てっぷりが尋常じゃなかったので…お医者様を呼ぶよう言っておきました!」
「少し待っていなさい!」
席を外すと伝えてきたらしい局長と、お幸ちゃんのもとへと急ぐ。
全速力、猛スピードで。
「あーもうっ!走りづらい!」
立ち止まり、着物の裾を捲って帯に挟む。
着物の下の長襦袢が見えた。
目を背ける局長。
お構いなしに裸足になり、草履を手に持った。
このほうが早く走れる。
「急ぎましょう!」
無事だよね?
何ともないよね?
今頃、お医者様が到着して治療してるから、発作も治まってるはずだ。
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