33.涙雨、儚くもうるわし(四)
「恋文のやり取りなんて、平安貴族みたいじゃない」
「ふふっ、せやなぁ。誠実に思うてくれはるなら、なおのことちゃんとお返事せなあかん思たんよ」
「そうだね」
「突然、お花くれはったこともあったわ」
「左之助はんが、お花?」
「“花を贈るなんておまさちゃんが初めてで、君ひとりだけだ!”って、まっすぐうちの目ぇ見つめて」
一口含んだ白湯を吹き出しそうになった。
発言した記憶のあるそのセリフ…
そのまんま使うとは。
「花を受け取ったら、照れて顔背けてはったけど」
お幸ちゃんがしれっとわたしの横に来て囁いた。
「それ、あんたがやれ言うたんと違う?」
「うそ~もう、鋭すぎるからぁ」
「左之助はんが自分から花を渡すなんて考えられへん。それにあの歯の浮くような台詞…」
「おまさちゃんは文学少女だから、そういうのアリかな、って」
「ええ働きしたわ」
「でしょ」
「けど、パタリと連絡がなくなってしもて…蛍狩りの後やったわ」
「あら、パタリとねぇ」
チラリとこちらを見てほほえむ。
お見通しだ、何もかも。
「うち、自分のことで頭いっぱいでドキドキしっぱなしやったさかい、何か嫌われるようなことやらかしてしもたかも、って思たんよ」
「そっ、れは…!前にも言ったけど、新選組が會津から重要な仕事を任せられた時だったの、ちょうどね」
土方さん指南の恋愛兵法を絶賛実施中だったのだ。
結婚したのだから事を言っても問題ないのかもしれないけど、黙っておこう、一応。
「うん、かれんちゃんとおハルが励ましてくれはった時、あれ…何でやろか?うち、何でこんなに落ち込んでるんやろ、って」
恥ずかしそうにうつむいて、視線をそらして続けた。
「逢いたいってうちの心が言うてる。好きになってしもたんや、って気づいたんよ」
「いやぁ!うちも赤面してしまうわ」
お孝ちゃんが、頬づえをついて胸をキュンキュンとさせていた。
今思えば、土方さんの恋愛兵法がなければ、おまさちゃんをうんざりさせていてもおかしくなかったかも…。
紙一重、ということか。
好きな人、気になる人なら、押しが強く積極的な人。
そうでなければ、ただのしつこい人。
「何で左之助はんと結婚する気ぃになったん?老舗の商家のお嬢様なら、もっと条件のええお相手、いてはったんとちがう?」
「許婚とか、ねぇ」
「うーん、たしかになぁ、大事な娘を嫁がせるんだもんね。命懸けの仕事をする新選組より、裕福な商家のお坊っちゃまのほうが、ご家族も安心だよね」
「左之助はんはうちの家族はもちろん、番頭さんやおハル、お店の人のことも大切にしてくれはるし、あっという間に仲ようなってしまって」
「うん、そうだね」
「うちが辛い時、何も言わんでも飛んできてくれはるのや。自分の損得も考えてへんし、嘘もずるいとこもない。人にとって大切なもんを、全部持ってるお方やないかな」
「あれ、何でかれんちゃんが泣くんよ」
「ごめん…わたしにとってはお兄ちゃんだから」
思わずぽろりと涙がこぼれてしまった。
「黙ってればカッコいいのに…って、ガサツなほうばっかり目立っちゃって、モテなくて…」
「よかったやないの。おまさちゃん、左之助はんのこと、よう分かってる」
「うん…ありがとうね、おまさちゃん」
「いややわぁ、泣かんでよ」
「ごめんごめん」
「それに、新選組にいてるのに左之助はんは変わってはるんよ」
「まぁ…左之助はんは個性的やからな」
「それもそうやけど。お金も肩書きもあんのに女遊びもせんと、何でかうちのことしか見いひん」
「当たり前だよ。ずーっと、左之助兄ちゃんの愛しの君はおまさちゃんだけだもん」
「ほうなん?」
「一目惚れだって、随分前から心に決めてたのよ」
「素敵やわぁ」
「ええなぁ。おまさちゃん、羨ましいわぁ」
「何やこの人と一緒になったら、うちは幸せになれるんやろなぁって、容易に想像でけたんよ」
「愛されて幸せもんや」
幸せそうでよかった。
山南さんと明里さんのこともあったし…余計にそう思う。
「おまさちゃん」
「ん?」
「左之助兄ちゃんと、このままずっとずっと幸せでいてね」
「うん、おおきに」
「お幸ちゃんは?近藤先生、時間があればお家に行ったはるって聞いたけど」
「しょっちゅうよ」
「近藤先生には奥さんいはるんやろ?お姉ちゃん、ほんまにええの?」
「お孝も好きな人がでけたら分かるわ」
「そんなん知らんでもええ。切ない恋なんか嫌や」
「ふふっ、お孝には切ない恋に見えるんやなぁ」
「山南先生のことがあったさかい…左之助はんもえらい落ち込んではったわ」
「近藤先生もや。ほんまにこれでよかったのやろか悩んではったわ…」
「かれんちゃんは山南先生のお相手はんと会うたんやろ?」
「うん…」
「ほんまに何て言うたらええか…」
わたしたちが恋に落ちた相手は、明日の命をも知れない人たち。
「士道を貫くことは、自分の命も惜しまないということでしょ」
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