32.真実は初夏のきらめきに(三)
「良順先生は今どちらに?」
「近藤さんと話をしてるよ」
「わたし、お呼びしてきます。宴席の前に見ていただいたほうがいいですよね」
開始から4~5時間後にはすべての改修工事が完了。
「お話し中、失礼いたします」
良順先生は、別室で西洋の病院について局長に話をしていた。
「まさか、もう完成したのか?!」
お声がけすると、そのスピードに驚いて目を丸くした。
「仰せのとおりにやってみましたが、これで良いかどうか確認していただけませんか?」
再び土方さんの案内で改修後の屯所を見て回る。
肝心の良順先生の評価は…?
「
「はい?」
「素晴らしい!よくやった!」
「そうですか!良かった」
「この数時間で、ここまで完璧に仕上げるとはお見事です」
「そのように仰っていただけると安心です」
「それにしても行動が早い。土方君の指示で?」
「はい。“兵は拙速を貴ぶ”とはこのことです」
「はははっ!まさにそのとおり!しかも万事に抜かりない」
土方さんの冗談に良順先生も局長も笑っていたけれど、わたしには意味が分からなかった。
「局長、どういいう意味ですか?」
「戦では一瞬の遅れが運命を左右するから作戦を練るのに時間をかけるより、多少まずい作戦であっても、すばやく戦を起こして勝利することが大切、という意味だよ」
「なるほど~!まずは行動!ってことですね」
「いやぁ、土方君は鋭敏沈勇、百事を為す雷の如し、ですな」
先生、土方さんをベタ褒め。
素早く、的確な行動に先生は脱帽したようだった。
しかも、さすがは土方さん。
手抜きは一切ない。
「先生のお墨付きだ。胸を張っていいぞ、歳」
「これならば、だいたいの患者はすぐに完治するでしょう」
先生の仰るとおり。
それから1ヶ月後には、重症以外のほとんどの隊士が完治し、仕事に復帰することができた。
「ああそうだ、かれんさん。これを読むといい。医術や薬の基礎が載っているから、必ず役に立つはずだ」
「ありがとうございます!さっそく勉強いたします!」
「近藤君の言うとおりだね。これほど目を輝かせるとは教え甲斐がある」
「そうでしょう。我々も彼女の聡明さには驚かされます」
「君は楠本イネという医者を知っているかい?」
「
「彼女もポンペ先生の弟子でね。シーボルト先生の娘だ」
「シーボルトの娘?!」
「ということは、混血ですか?」
「うん、長崎の生まれでね」
「存じ上げませんでした」
「おそらく、日本で初めて西洋医学を学んだ
「すごい…」
「混血はめずらしい。差別も受けたのではないですか」
「そうだね…苦労しただろう。出会った時、彼女は女の子の母親だった」
「それでも医者を目指すとは並大抵のことでは…」
「父親のシーボルト先生が国外追放になった後、門下生の宇和島の外科医の元に預けられたそうだ」
「宇和島でも医学を?」
「うん、医学と蘭語を学んだと」
宇和島でイネ先生の評判は上がり、宇和島藩主の奥方様の治療の依頼を受けたことで、お殿様からも厚遇されているそうだ。
「彼女が長崎に遊学したときに出会った。外科、産科、解剖学、病理学と様々学んだ。ポンペ先生の死体解剖実習を真剣に見学していたよ」
「傷ついて苦労しているからこそ、凛としていて、強くて美しい人なんじゃないかと思います」
「学びたいことがあるならば、それが何であっても、
「はい!」
「近藤君も土方君も、かれんさんの向上心を折らずに育ててほしい」
「もちろんです」
「私が思うに、“女はこうあるべき”というものは世間や男の勝手な理想なだけで、女もそうすべきだと思い込んでいるが、それは偏見なのだ」
「何が自分の幸せか、人と比べるものではないと思うのです。いばらの道かもしれませんが、イネ先生も同じではないでしょうか」
「そうだね。男だから女だから、ではなく、世間にも自分にも負けるな」
「はい、がんばります」
「たぶん私は君に惚れたのだ」
「えっ?!」
「えっ?」
「先生!それはどういう…」
「あーいやいや、そういう意味ではなくね。近藤君に惚れたのと同じ理由さ。人としてね」
「わたしは恵まれていますね」
「どうしてそう思う?」
「局長も土方さんも新選組の人たちは、わたしの生き方を咎めません」
「いい出会いだったね」
「はい。お陰で、理解してくださる良順先生や覚馬先生ともお会いできました」
「きっと、君に必要な出会いだったんだ。何かあれば、私を頼るといい」
今日1日だけで、局長が良順先生を尊敬する理由が分かった。
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