32.真実は初夏のきらめきに(四)

本日、晴天。


初夏の健康診断日和。



以前から良順先生にお願いしていた新選組の健康診断だけれど、屯所の不衛生さを目にしたことで、隊士たちの体調をひどく心配したみたい。


早急にせねば…と先生からの提案で、予定を早めていただいたのだ。



先生のおそばについて、1日中お手伝い。


何しろ人数が多いから、先生ひとりでは大変だし、自ら志願した。


わたしは21世紀の人間だから、国で決められた予防接種もすべて受けているし、病気に対する免疫もついてるだろうし、新選組のみんなよりは病気がうつったり、ウイルスに感染するリスクも少ないかなぁと。



それに、気になってた沖田さんの症状もこれでハッキリするはず。


大きな病気ではないと思うけど。


そう祈りたい。



「先生、お疲れさまでございました。別にお部屋ご用意しましたので、そちらでお休みください。お飲み物をお持ちしますね」


「ありがとう。カルテをまとめてから休ませてもらうよ」


「診断結果はいかがでしたか?」


「70名以上が何かしら患っていたが、ほとんどの隊士は感冒と食傷だ」



感冒は風邪、食傷は食あたりのことだ。



「梅毒と、心臓肥大が1人、この患者たちはすぐに治療をせねば手遅れになるな」


「先生、これからもわたしにお手伝いできることがあれば何でもします」


「君の働きぶりは優秀なVerpleegsterヴェルプレーヒゥステゥルだ。非常に助かったよ」


「もしかしてオランダ語ですか?」


「ああ、そうだ。英語では“Nurse”というらしいね」


「あ!ナースですね!」



西洋医学を学びに長崎へ留学していた影響か、良順先生はわたしのことをレディとして扱ってくれる。


だからといって、男だから、女だから、とは絶対に言わず、一個人として接してくれる。


医学だけでなく西洋の事情にも詳しいし、きっとポンペ先生の他にも外国人とふれあってきたんだと思う。



「それからね、かれんさん…」


「はい?」


「沖田君を呼んできてくれないか?」


「え?沖田さん、ですか?」


「できれば今すぐに」


「はい…かしこまりました」



何か気になることでも?


風邪、じゃないの?


まさか…


病気が見つかったとかじゃないよね?


咳はしていても、ものすごく重い病気にかかっているようには見えないんだけど。



「良順先生、お呼びですか?」



沖田さんはいつもどおり明るくやって来たけれど、逆にわたしは緊張の面持ちだった。



「あ…わたしは退室いたしますね」


「いや、かれんさんも一緒に聞いていてほしい」



何か重要なことなのだ、と一瞬で察した。


いや、そうではなくて。


食事指導か生活指導か何かだと思いたい。



沖田さんのほうへ体を向けて座り直して。



「何です?」



先生が次々に質問をしていく。



「咳はいつから?」


「半年ほど前ですかね」


「胸の痛みや呼吸が困難になることは?」


「咳が止まらないことはたまにありますけど、それはないですね」


「食欲は?あるか?」


「あります」


「発熱することや倦怠感はあるか?」


「少し熱っぽい時はあります。風邪だからでしょう?」


「先生、何か気になることがあったんですか?」



難しい顔のまま、口を開いた。



「沖田君…」


「はい?」


「君は…」



少し間を置いて、呼吸をした。


それはとても信じ難い言葉だった。



「労咳にかかっている」


「え…?」



今、何て…?


労咳って…言った?



労咳って…


肺結核のことだ。



沖田さんが結核…?


嘘でしょ?



「今、何て言いました?」



結核って現代では完治する病気でも、昔の人は結核で亡くなること、多くなかったっけ…?


不治の病だって…聞いたことがあるんだけど…



「私の聞き違いか」


「いいや、君は労咳を患っている」


「まさか…」


「先生、本当なんですか?」



目を瞑り、無言で頷く。



「まだ初期の段階だが、長く続く咳や風邪のような症状の原因はこれだ」


「確かなんですか?!冗談やめてくださいよ!こんなに元気なのに…」


「労咳は感染しても潜在的に進行するために、初めのうちは無症状のことが多い」



この間、先生からいただいた本にもそう書いてあった。



「あの、先生、もし病気が進行したらどうなるんですか…?」


「ある程度進行してくると胸が痛くなったり、喀血するといった症状が出ることもある」


「喀血…」


「もし血を吐いたら…?」


「その時は…覚悟したほうがいい」


「そんな…」



血の気が引いていく。


ちょっと今、頭が回らない。


何から考えればいいんだろう…



いや、だめだ。


わたし、しっかりしなくちゃいけないのに。


ショックなのは沖田さん自身なんだから…



「嘘だろ…」



険しい表情の良順先生に沖田さんが勢いよく迫る。



「治るんですよね?!治してくれなきゃ困りますよ!」


「早期に発見できたのが不幸中の幸いだ。悪化するもしないも君次第だよ」


「私次第って、どうすりゃいいんですか?!」


「いちばんの治療法は絶対安静」


「絶対安静ったって…仕事や稽古だってあるんです」


「控えなさい」


「そんな…」


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