32.真実は初夏のきらめきに(二)
「毎日、病室の換気や掃除はしています。お風呂の代わりに体も拭くようにしています。それでも限界がございます…」
衛生状態は劣悪…
そもそも隊士の数が多すぎて、北集会所はこんなに広いのに、ひとり1畳くらいのスペースに寝るしかないのが現状だ。
ひどい暑さに耐えられない人が続出していて、不満もかなり出ている。
「この状態では、治るものも悪化してしまいます」
「君、かれんさんと言ったね。医学の知識があるのか?」
「いえ、そうではありませんが…」
「知識がないのになぜ?」
「治療には薬も静養も大事ですが、清潔を保つのは大前提だと思います」
「
「え…?」
「そのとおり!まずは、この部屋をきちんとした病室に作り変えねばならないね」
「具体的にどのようにすれば良いのでしょう?」
「紙と筆を拝借できますか」
「はい、ただいまお持ちします!」
早速、紙を広げてささっと図面を書き始めた。
そして、完成した図面を指差しながら細かく指示を出していく。
「患者の症状ごとに病室を分ける。風呂は至急作ってください」
「やった!」
「かれんさんや健康な隊士が交代で看病するにしても、時々は医者に来てもらって診察を受けなければね」
「はい」
「病人をただ寝かせておいては治らない。医者に診てもらい、処方した薬をきちんと飲ませること」
「先生が京にいらした際には診察をお願いしても?」
「無論。私は直、江戸に戻らねばならないので、よく知る医者を紹介しよう。信頼できる医者が京にいるからね」
「かたじけない。それは助かります」
「診たところ、大半は風邪と食あたりだから、ひとまずそれで治りも早くなるだろう」
局長も土方さんも頷きながら、先生の話に聞き入る。
「それから入浴は毎日だ。病人だけでなく、健康な者もだよ。常に清潔を保つこと。これも大切なことなんだ」
「承知致しました」
「私は西洋医学の医者だが、東洋医学にも“薬食同源”という言葉があるだろう?食べ物から栄養を取ることも効果的だ」
衛生的な環境と、バランスよく栄養を取ることが何よりも大切だということを力説する。
現代でも、病気になりにくくするために免疫力を上げることが大事、ってよく聞くもんね。
「養豚を知っているかい?」
「ヨウトン…?」
「とは?」
「豚を育てて、その肉を食べるんだ」
「豚を…ですか?」
「西洋では肉食が一般的で、鶏や猪や鹿やウサギの肉を食べるのと同じだよ」
豚肉…
食べられるものなら食べたい!
養豚の経験はないけど。
「殺生を忌む仏教寺院でこんな話はいかがなものかとも思うが…ここだけの話、一橋慶喜公も牛肉や豚肉がお好きでね」
「はぁ…そうなのですか」
「養豚してみないか?先ほど調理場を見たところ、残飯であふれていた。残飯処理も兼ねて豚に食べさせ育てる。その豚を解体して肉をいただくんだ」
「なるほど」
「では、先生がそう仰るならば」
「承知した。豚はこちらで手配しよう。ついでに鶏も。卵も栄養価が高いからね」
「ありがとうございます」
「そういえば、新選組には医術の心得がある隊士がいるとか?」
「はい、山崎という者です」
「彼に医術を伝授しましょう。かれんさん、君にも簡単な処置法や、薬について教えよう」
「はい、よろしくお願いいたします」
それからすぐに大改造が始まった。
図面を片手に土方さんの指示が飛ぶ。
無理なお願いをして申し訳ないが、南隣の阿弥陀堂の一角50畳を追加で拝借できないか、と土方さんはお寺の担当者に直談判。
それは断られてしまったものの、代わりに北集会所の板間に畳を敷いて、それから風通しを良くするために、壁も取り払ってもらった。
たぶん、土方さんは阿弥陀堂を貸してもらえないことは分かっていたと思う。
だって、本堂だから。
信徒さんたちが手を合わせる場所を貸すとは思えない。
それなら改修工事をします、と言ってもらうためにわざと切り出したんじゃないかな?
浴槽として使う風呂桶も3つお寺に手配してもらって、お風呂もバッチリ完備。
よかった、念願のお風呂だ!
土方さんの統率力はいつでもすごい。
生まれ持ったものに経験がプラスされたんだろうな。
効率的に指示を出して人を動かす。
みるみるうちに病室の改装は進んでいった。
動ける隊士全員をフル活動させたにしても、この短時間でよくここまでできたと思う。
うん、これなら総合的に問題なさそう。
誰がどう見ても病室だ。
本当に見違えるほどキレイになった。
ビフォーとアフターを並べて比較したいくらい。
ひと安心で満面の笑み。
「寺には世話になったし、今日中に礼状書かねぇとな」
「そうですね」
「牽制が目的でここに来たとはいえ、無理言って聞いてもらったんだ。今後の付き合いのためにも、人としてもな」
そう言って、土方さんも満足そうにしていた。
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