28.途切れかけた絆結ぶため、この道を(三)
沖田さんがちらりと半分、後ろに振り向いて、わたしの様子を伺う。
泣いてることに気づいているはずなのに、今日ばかりは何も言わないんですね。
「少し休憩しよう」
急いで涙を拭って、「はい」とだけ答えた。
馬留めの杭に手綱を繋いで、ふたりで木陰に腰を下ろした。
「近藤先生と土方さんが、私を追っ手に指名したのはなぜだと思う?」
「え…?なんでって…」
「途中、山南さんを見つけたときは…」
「もしかして…!逃がしてあげれるようにってこと?」
「これ、見て」
手渡された小さな紙を開く。
これ…
これ、たぶん、さっき局長から託されたやつだ。
“できることなら見つけるな。
“もし見つけてしまった時には、逃がしても誰もお前を咎めない。
山南さんの気持ちを尊重するように。”
と書いてあった。
「局長…」
「近藤先生も土方さんも、試衛館の頃からの仲間を死なせたくないんだよ。誰も」
「探したけど見つからなかった、ってことにすれば、切腹しなくて済む…」
「うん、手を尽くして探したってことが必要なだけなんだ。表向きね」
「既成事実を作るんですね」
「見つからなかったのなら、やむを得ない」
「それなら、大部分の隊士たちも納得すると思います」
そもそも山南さんが捕まることを願っている隊士はいないだろう。
山南さんは誰にも親切な人だから。
そして、それが誰ひとりとして傷つかない道。
「私が見つけられずに戻って罰を受けるとしても、謹慎で終わりだ」
そっか…よかった。
さすが沖田さん。
局長と土方さんの考えをちゃんと分かってる。
山南さんだってそう。
意見が対立することも多いけれど、昔からの仲間だ。
同じ志を胸に、人生をかけた仲間。
今も絶対に友情はある。
わたしはそう信じてる。
みんなもそう思っているに違いないの。
「山南さんだって追っ手が来て刀を向けられれば、斬り合いになるかもしれない」
「山南さんの腕ならありえないと思うけど、万が一、隙をつかれて斬られたりしたら…」
「だからだよ。さすがに私のことは斬れない。かれんちゃんが一緒ならなおさらね。血を流すようなこと、絶対にできないはずだ」
「うん…」
「普通なら、かれんちゃんが行きたいと言っても反対するだろ?」
「言われてみれば…」
「今回ばかりは、逆にかれんちゃんも行ったほうがいいと思ったんだよ、全員がね」
山南さん。
お願い、見つからないで。
早く遠くへ行って。
わたしたちが追いつかないところまで。
これでお別れなんて寂しいけど…
それよりも生きてほしい。
今別れたとしても、きっといつかまた会える。
そのときは何もなかったように笑えばいい。
それがいい。
それがいちばんの方法だよ、山南さん。
お願いだからそうして…
「最近はずっと西本願寺への屯所移転の件で揉めてただろ」
「意見が割れてたんですよね」
「昔から土方さんと意見が分かれることはあったけど、今回は山南さんの意見も聞かずに進めようとしてるし」
「よく分かんないんですけど…新選組は攘夷なんですか?會津は開国した幕府側ですよね?」
「うーん、そこをつかれると…難しいことはよく分からないんだ。興味がないから疎くて」
「そっか、沖田さんはそれでいいのよ」
関心事は剣の道のみ。
周りが攘夷だ何だと騒ごうとも。
「最近、局長は攘夷の無意味さを知って、本当に日本のためになることは何か、って考え直してました」
「そう…」
「それも関係してるのかな?何か考え込んでたみたいだし…気持ちの変化があったのかな?」
「本人の口から聞かないことには真意は分からないよ…」
「そうですね…」
「土方さんと山南さんはよく対立するけど、お互いを認め合ってるのも事実だ」
「うん…」
不器用な人たち。
人が集まればいろんな考えが出てくる。
対立だってする。
でも、だからって嫌いになるわけじゃない。
特に土方さんは自分の感情を押し殺す。
そうしなければならないと。
鬼になろうとするの。
理由はただひとつ。
新選組の“陰”の部分を背負い、手を汚すのは自分。
局長や山南さんの手を汚さないために。
分かってるけど…少し切なくなるときがある。
本当の土方さんを知らずに勘違いしている隊士が多いから。
認め合ってるならなおのこと。
「山南さんはしばらく実戦に参加してないけど、それでも豊富な知識がある」
「新選組には山南さんがいなくちゃ。そうでしょ?」
「うん、その通りだ」
「誰が欠けたってダメなの。わたしはそう思います」
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