28.途切れかけた絆結ぶため、この道を(四)
「土方さん、私に言ったんだ。今は剣は握れないけど、山南さんを頼りにしてる。ちょっと照れ臭そうだったな」
「山南さん本人に言えばいいのに」
「土方さんらしいじゃないか」
「本人以外の人に話すことで、本音感は伝わりますけどね」
「山南さんも分かってるはずだよ」
ん…?
ちょっと待って。
今の沖田さんの言葉、引っかかった。
「山南さんが剣を握れないって言いました…?」
「あ…」
「どういうこと…?!」
完全に口を滑らせてしまった、という顔。
「本当なんですか?」
「うん…」
「何でそんなことになったんです?」
「…実は大怪我がもとで」
「いつのケガが原因なんですか?」
「去年の一月頃、大坂の船場で怪我をした事があったろ」
「あ、あの時…」
「山南さんと土方さんが、岩木升屋って呉服屋に不逞浪士が乱入したのを目撃して、討ち取ったまではよかったんだけど、斬られて重傷を負ったんだ…」
「傷は深かったみたいだけど、あれは1ヶ月くらいで治ったって」
「傷そのものはね。完治なんて嘘だったんだ」
「嘘...」
「この事実を知ってるのは組長以上と島田さん、山崎さんだけだ。平隊士やかれんちゃんには伏せておくようにって」
「山南さんがそう言ったの?」
「総長が怪我で出動できないなんて、士気が下がるからって」
「それでも今は良くなったんでしょう?1年経ったし、手を動かす訓練もして、稽古を重ねれば剣は使えるんじゃ?!」
「分からない…。でも、以前と同じようには難しいんじゃないかって」
「そんな…」
山南さんが剣を使えない?
思い起こせば、稽古でも隊士の相手をする姿を見ていない。
「池田屋のときも禁門の変のときも、山南さんが屯所を守っていたのはそのせい?」
「うん…」
あ…今朝の沖田さんの行動も辻褄が合う。
あの何かを思い出したような表情は、これだったんだ。
「“怪我したら剣を握れなくなる”って、かれんちゃんに言われた時さ…」
石塀を叩いて擦りむいた右手を見つめて言った。
「山南さんの気持ちを考えたら、感情に左右されて何て馬鹿なことしてるんだろうって…」
「武士にとって剣が使えないのは辛いですよね…?」
「当然じゃないか!山南さんの腕ならなおさらだ。私だったら耐えられない…」
辛いなんてたった一言ではあらわせない。
知ったように片づけてはいけないの。
「死んだように生きるみたいなもんだよ」
生きるすべを奪われるみたいなこと。
「もしかしたら、死んだほうがマシだって…思うかもしれない」
自分は何のために生きているのかと自問自答しては苦しむ日々だったのかも…
「剣の腕は確かだけど、温和で優しい山南さんが人を斬るなんて、もともと向かないんだよ」
「そう…」
「その上、大きな怪我をしたことで、土方さんは山南さんを総長にしたんだと思う」
実戦よりもブレーンとして働けるように?
大人の山南さんは、あれもこれも察してくれてると思ってた。
実際のところ、本当に相手に伝わってるかなんて分からない。
きちんと自分の考えも想いも、言葉にしなければ。
それが親子だろうと、友人だろうと、恋愛だろうと、ビジネスだろうと。
人間関係にすれ違いが起こるのは、そういうことからなのかもしれない。
山南さんには土方さんの思いが伝わってないのかもしれない…
「何やってるんだろうな、私たち」
深いため息をついた。
「いい天気だな…」
「もうじき、桜も咲きますね」
眩しい、けれど穏やかな陽射しを受けていた。
春色の空気を吸い込んで、深呼吸した。
「落ち着こう」
「本当ですね」
「朝から混乱しっぱなしだ」
「あ、見て、あそこ!菜の花畑!」
「本当だ!一面菜の花畑だ!」
「きれい」
「行ってみようか!ほら」
「あっ、えっ!」
わたしの手を取り引っ張って、菜の花畑へ駈けていく。
沖田さん、これは
イケメンにこんなことされたら、普通はコロッと落ちるから!
本人は何とも思ってない、というか無意識の行動だろうから、困った無邪気さだわ。
「定番のおひたし、からし和え、天ぷら…あと何があるかな?」
「お腹空いたんですか?」
現代ではパスタやアヒージョにしてもおいしい。
この美しい春の景色の中で、何という色気のない会話だろう。
沖田さんとわたしの間柄だからだ。
沖田さんも惚れた人には、本気で口説いたり、するかな?
ちゃんとできるかな?
なんて口にしたら怒られるから言わないけど、想像したら可愛くて気が紛れた。
「そうだ!おにぎり食べましょ。屯所を出るとき、源さんが持たせてくれたの」
純粋にピクニックだったら最高なのに。
普通の任務中だったら相当叱られる行動だけど、誰も何も言わないだろう。
この間に少しでも、100mでも1kmでもいい。
遠くへ行ってください、山南さん。
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