28.途切れかけた絆結ぶため、この道を(二)

「総司」


「はい」


「今すぐ山南さんを追え」


「土方さん!なぜです?!」


「いいから行くんだ…!」


「いや、でも!待っていれば帰ってきます。必ず帰ってきますって!」


「駄目だ」


「何で駄目なんですか?!きっと何か理由があるんですよ…!」


「どんな理由があるにせよ、法度に背いた者は切腹だ」


「山南さんが脱走なんてするわけない!」


「そうだ!書き置きがあるんだ、脱走じゃないだろう!」



激しい言い争い。



「土方さんだって、分かるでしょう?」



沖田さんから視線をそらす。



「なんで…何も答えてくれないんですか?」



土方さん、何を考えているの?


山南さんが何を考えてこうなってしまったかは分からないけど、心のまま思うとおりにさせてあげることはできないの?


どうにかならないの?


だって、山南さんは京に来る前からの、壬生浪士組を結成する前からの仲間でしょう?



土方さん、わたしはいつでも土方さんの心に寄り添いたい。


どんな決断の時でも。



そう決めているのに、今はどうすればいいか分からない。



いたたまれなくなったのだろう。


左之助兄ちゃんが場の空気を変えようと、いつものように明るく提案する。



「こんだけ屯所内を騒がせたんだ。山南さんが戻ったら謹慎くらいで済ましてやれよ」



無理して明るく振る舞っているのは全員に伝わってる。



「な?それがいちばんいいだろ?誰にとっても…」


「私からもお願いします。なんとか命だけは助けてやってほしい」



みんなが必死に土方さんを説得する。



“脱走した者は切腹”


その法度はっとが重くのしかかる。



新選組には厳しい鉄の掟がある。


それで今までに何人の隊士が切腹したか。



「山南さんは試衛館の頃からの仲間ですよ!どうして信じてあげないんですか?!」


「信じてるからだ!お前が行って確かめてこい!」


「それは…どういう意味です?」


「近藤さん!近藤さんはどう思ってるんだよ?!」



しばらく厳しい顔で目を閉じ、黙っていた局長が口を開いた。



「総司」


「近藤先生…」


「山南さんを追え。お前が行くんだ」


「山南さんは新選組の総長ですよ!」


「総長だからだ…」



そう言った土方さんの表情は、まぎれもなく副長の顔だった。



「総長だからこそ、例外は許されない…」



今日はいつもおそれられているような鬼の副長じゃない。


悲しみとか怒りとか。


後悔のようなものも入り交じっているように見えた。



それを悟られないように必死に鬼になっているように感じた。


もしかしたら他の隊士たちの手前、心を鬼にして感情を保っているのかも。


ただのわたしの思い過ごしかな?



みんなが説得を続ける中、局長がもう一度沖田さんを見つめて言った。



「頼んだぞ…総司」



何か目で会話をしてるような気がした。



「これを…お前に託す」



紙切れを手渡した。


局長と対峙していた沖田さんが、それに目線を落とした。



深く息を吸い、ため息をつく。


沖田さんは何かを悟ったのか、決心したような表情。


重い腰を上げる。



「分かりました…」



ウソでしょ?


沖田さん、どうやって山南さんを救うつもりなの?


もし山南さんが見つかったらどうするの?


山南さんが切腹するかもしれないなんて…そんなの黙って見ていられるわけないじゃない!



「待って!わたしも連れて行って!」


「かれん…」


「お願い!お願いします、局長。わたしも行かせてください!」



お願い、ダメだなんて言わないで…


今回だけは。



「好きにしなさい…」



いてもたってもいられなかった。


ここでじっとなんかしていられない。


何ができるか分からないけど話がしたいの。



山南さんの様子が変だったのに、どうしてもっと話をしなかったんだろう。


どうして…。


今さら後悔しても遅いのに。


そればっかりが頭をぐるぐるする。



いや、遅くなんかない。


今からでも遅くはない。


考えれば手立てはあるはずなの。



どこから考えればいい?


山南さんの気持ちを知るところから?



「つばさ…」



泣きそうなわたしの気持ちをくみ取るかのように、顔を近づけて悲しそうな鳴き声を上げた。



「ありがと…」



つばさも分かってくれてるんだね。


わたしに寄り添ってくれるんだね。



「行こうか…」



つばさの手綱を引き、沖田さんの馬の後ろを歩いていく。


山南さんもこの道を進んだのかな。


沖田さんはゆっくりゆっくりと馬の足を進める。



「何でこんなことになったんだ…」



沖田さんのつぶやきに、とうとう涙がこぼれて落ちた。


ポロポロと涙が流れて止まらない。



脱走…という言葉は使いたくない。


屯所を出た理由は何?


いつどこで気持ちがすれ違ってしまったの?



勝手に隊を抜けたら切腹だなんてこと、誰に言われなくても知ってるじゃない。



頭が混乱して、心がついていかない。


それは誰もが同じ気持ちだ。


泣いても解決しないのは分かってるの。


声は出さないようにしていたから、息をするのがやっとだった。



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