28.途切れかけた絆結ぶため、この道を(一)
山南さんがいなくなった。
『江戸へ行く』
そう一言、書き置きだけを残して。
脱走…したってことなのか?
山南さんが、何で…?
いや、まさか。江戸に出かけただけじゃないのか?
言伝とか、本人から何か聞いてた奴はいないのか?
様々な憶測と衝撃が走る屯所内。
朝からその話で持ち切りの隊士たちをよそに、青ざめることもなく、山南さんが普段いるはずの部屋へと向かった。
「山南さん?」
声をかけても、襖の向こうから返事はない。
「入ります、失礼します」
なぜ、みんながこんなに大騒ぎしているのか。
たぶん、まだこの時のわたしは、事の重大さをきちんと把握していなかったのだと思う。
山南さんの部屋はいつの間にか整理整頓されていた。
山積みの本も、散らばった設計図も、解きかけの計算式も、そろばんも。
必要最低限の荷物で出たのだろう。
「かれんちゃん…」
「沖田さん」
「何だよ…こんなにきれいに整頓しちゃってさ。いつものあの有り様だったら、戻ってくるって確信が持てるのに」
なぜ、そんなに深刻な顔をするの?
「一緒に山南さんを探しに行こう…!まだ近くにいるかもしれない」
京の町を探し回った。
あちこち、行きそうな場所を探してもどこにもいなかった。
もしかして明里さんには何か伝えているかもと思って置屋の前までは行ったのだけれど、何も話していなかったときの明里さんの気持ちを考えたら、何と言葉をかけていいかわからない。
思い直して、軽率に動くのはやめた。
「何でどこにもいないんだよ…!」
石塀を拳で強く叩く。
何度も、何度も。
「沖田さん…!」
両手で沖田さんの腕を掴んで、その衝動的な行動を遮る。
「怪我したら剣が握れなくなります…!」
「そんなこと…!」
言いかけて、ハッと何かを思い出したように拳を下ろした。
「ごめん、取り乱して…」
「ううん、冷静でいられるわけない…」
本当は事の重大さに気づかないフリをしてたのかもしれない、わたしは。
現実を直視したくない。
山南さんが脱走したと、それを事実と認めてしまったら、沖田さん以上に冷静ではいられなくなる。
そう、わたしの頭が無意識に判断したのかもしれない。
「意外…かれんちゃんがいちばん取り乱すと思ったのに」
「わたしの中では、まだ脱走したって確定じゃないから…」
新選組のあの掟のことだって、知ってる。
総長である山南さんなら例外にしてくれるんじゃないかって期待もあって。
「そっか…」
屯所に戻り、見せてもらった書き置きはたしかに山南さんの字だったけれど、それでもまだ信じられなくて。
江戸へ行く、と書いてあるのに。
なぜ大騒ぎするの?
だって、脱走って無断でするものじゃないの?
戻ってくるよね?
ちょっと用事があって出かけただけでしょう?
「脱走と判断されたとしても、まだいくつか望みはある」
「はい」
「必ず山南さんを救ってみせる…!」
沖田さんがそういうなら大丈夫、と言い聞かせて後についていく。
「かれんちゃんはここで待ってて」
わたしが頷いたのを確認して、沖田さんが部屋に入っていく。
沖田さんだって不安なんだ、きっと。
山南さんの本心が分からない。
でも、それを拭い去るように、救ってみせるって決意を見せた。
「総司…」
「すみません、遅れました…」
幹部全員が集まっていた。
沖田さんが神妙な面持ちで会議に加わる。
「かれんさんもいるのか…」
山南さんはどうなるの?
脱走なんかしてない、するわけない、と空気を読まずに言える勇気はなかった。
あまりにも深刻な雰囲気だから。
開口一番、そう言えればよかったかな?
誰の顔も見れなかった。
目線を上げることすらできなくて…
「お邪魔にならないように、廊下にいますから…」
壁に寄りかかって待つわたしの前に、大きな影が重なる。
「かれん…」
「島田さん…泣きそうな顔しないでください」
「すまん、すまん」
「もらっちゃうじゃないですか…」
「ひとりでいると、いろいろ考えちまってな…」
「まだ決まったわけじゃないんですから、何もかも…」
「そうだな…」
「わたしも島田さんが一緒にいてくれると心強いです」
島田さんも山南さんの行方を
「ただいまと言って、自ら戻りそうな気がしてならねぇんだけどな」
“君は、何にも縛られず自由だ。”
あの時の山南さんの言葉が気にかかる。
自分の心に正直に、自分の意思で人生を選びたい。
自由に生きたいということなの?
新選組にいることが縛られていると感じているの?
だから屯所を出た…?
もちろんわたしの憶測でしかない。
屯所に帰ってくることと、このまま戻らないこと。
山南さんにとって、どっちが幸せなのかな?
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