26.幸せを運ぶ人(二)

「局長は?もう来たんでしょ?」


「うん、ちょっと前にね」


「うちらが来るだいぶ前から、ここで待ってはったんよ」


「それも、遠くからでも分かるほどソワソワしはって。笑けてしもたわ。かいらしいとこもあるやろ?」


「新選組の局長さんが意外やったわ」


「今日が来るのを待ち侘びて、ソワソワ、ウキウキしてたんだよ」


「ふふっ、近藤先生も似たようなこと言わはったわ」


「何?」


「かれんちゃんはすぐに飛んで来る、って」


「わたしだって、この日をどれだけ心待ちにしてたか!」


「うちもよ」


「それでも、一番乗りは局長に譲ったのよ」


「あんたはやっぱりおもろい子やなぁ。ほんま笑けるわぁ」


「おもしろいこと言ってないけど?」


「一緒におって飽きひんわ、ね、孝」


「ほんまや、お姉ちゃんから聞いてたまんまの子やな」


「近藤先生が身請けしてくれはって、お孝とも一緒に暮らせて、今日からはかれんちゃんともぎょうさん話せる。うちにとってはうれしさ三倍や!」



家族も恋人も友達も。


絆や愛を知ってしまっては、手離すことが、失うことがこわくなる。


それほどかけがえのないものだから。


他人にとってはどんなにささやかでも。


わたしに幸せをくれる人たち。


土方さんやお幸ちゃん、みんなにとってのそういう人にわたしもなれてるかな?


なれてるといいな。



「ほんでな、これ、くださったんよ」



花瓶に飾られた、白、ピンク、紫の色とりどり千日紅センニチコウの花を指差した。



大成功!


左之助兄ちゃんに続いて、局長も花束大作戦。


喜ぶお幸ちゃんを見て、思わず笑みがこぼれた。



「これ、かれんちゃんがお花を選んで花束にしてくれはったんとちがう?」


「えっ?」


「深雪太夫の目ぇを甘くみたらあかんで」



そっか、お幸ちゃんをそこらへんの女子じょしと一緒にしたらいけないよね。


見る目が肥えてて、一級品なんでした。



「かいらしい花に、赤や桜色や乙女色の組紐まで結んで。これは女子おなごやないと思いつかへん発想や」


「深雪太夫にはお見通しかぁ」


「かれんちゃん、好きやろ?こういう色」



ブーケは愛の証だ。


ふたりで幸せになるためのプロポーズ。



「“お幸ちゃんに贈るために、お花を選んでほしい”って、局長から言われたの。だから、局長の気持ちが込もっているのは確かだよ」


「うん、おおきに。照れてはったやろなぁ」


「照れてた~」


「胸がときめいてしもた」



局長、やりましたね。


お幸ちゃん、ときめいています。


局長の真心が伝わっています。


帰ったら報告しますね。



「お幸ちゃんならもっとエレガント…お上品な花束にすればよかったかなって思ったんだけど」


「そんなことあれへん。かいらしくて好きや」


「こないに素敵なお花を贈っていただくなんて、女心をくすぐるわぁ」


「例えば百合なら上品な感じにしたり、バラや椿なら可愛くもできるし、華やかにもできるし」


「なるほどなぁ」



花束を現代風にアレンジしたのがよかったみたい。


自分で言うのも何だけど、とっても可愛い花束を作った!


こんな花束をもらえたら、わたしもうれしいから。



「それにね!千日紅の花言葉は“色褪せぬ愛”、“永遠の恋”なんだよ」


「素敵!」


花期かきが長いからやろか?」


「なんたって、百日花が咲き続けるいう百日紅サルスベリより長い千やし」


「千日紅は乾燥に強いから、ドライフラワーにしても花の色が褪せないんだよ」


「どらいふらわぁ?」


「って何?」


「えっと…あ!立体的な押し花みたいなものかな?花を逆さまに吊るして、乾燥させて作るの」


「もしかしてあれとちがう?園芸書に載ってた、千日紅を陰干しするいうやつ」



江戸時代にドライフラワー?!


信じられない!



「それ、何て園芸書?」


「“花壇地錦抄”よ」



日本は園芸大国だ。


今に始まったことではなく、時代を遡ると、鎌倉時代には公家や武士の間で盆栽が大流行。


徳川家康、秀忠、家光も植物が大好きだったそうで。


その影響なのか、武士も町人も庭で盆栽や植木や花を栽培し、競うように品種改良をしてきたようだ。


かの有名な桜、ソメイヨシノも江戸時代に誕生したという。


桜、菖蒲、菊、朝顔などは、すでに様々な品種が生み出されている。


さらには品評会まであるというから驚きだ。


ドライフラワーがあってもおかしくはない。



お幸ちゃんとお孝ちゃんの話によると。


貧乏に苦しむ武士たちの中には副業や内職に園芸を選ぶ人もいて、一攫千金を狙っているとか。


特に旗本の次男、三男のお坊っちゃま方は趣味として、家を継げないかわりの仕事として稼いでいる人もいると言った。



「一株千両になる植木もあるんやで」


「千両?!」



植物が千両?!


千両って…ウソみたいな金額。



「盆栽とか、突然変異で八重咲きになった朝顔とかな」


「めずらしい品種やったら高値で取り引きされるいうことや」



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