26.幸せを運ぶ人(一)
「お
土方さんから教えてもらった、いいこと。
うれしすぎる!
お幸ちゃんが大坂から京都に移り住むことになった。
大坂の京屋忠兵衛さんの仲立ちで、局長がお幸ちゃんを身請けし、京に家を用意した。
身請けされると芸妓や遊女の仕事から引退し、その人の奥さんやお妾さんとしての生活が始まる。
身請けが決まったら、まずは置屋の楼主や親の許可をもらい、身代金も借金もすべて身請人が負担しなければならないそうだ。
深雪太夫クラスの一流の芸妓さんなら、相当の金額が必要なはず。
人を売り買いする世の中なんて、決してあってはならないけど…
何はともあれ、わたしにとってはうれしいことだ。
新選組で伍長以上の役職につく人は、屯所の近くに“休息所”という名の家を借りて、恋人やお妾さんを住まわせている。
そこから屯所へ通勤することが認められているのだ。
実は、土方さんからわたしにも「家を用意しようか?」と、提案があった。
とってもありがたい話だけど…と、お断りしたのが数日前。
八木のおじさん、おばさんとも、新選組のみんなともなるべくたくさんの時間を一緒に過ごしたいから。
それにお金もかかるのに、そんな贅沢しなくても土方さんと一緒にいられればそれでいいの。
そういうふうに気遣ってくれるだけで充分。
もしかしたら、単純にふたりで過ごす時間を多く持つためだったのかな?とも思ったけれど。
「そう言うと思った」とほほえんで、わたしの意見を尊重してくれた。
お幸ちゃんの新居は
壬生からも近い。
引っ越しの日。
息を切らして全力疾走。
教えてもらった住所まで、弾丸のように駆けてやって来た。
家の前でお幸ちゃんの姿を見つけて、手を振り大声で呼びかけた、というわけだったのだ。
「早速来ちゃった!」
「あの、うちは…」
「久しぶりだね!」
再会したお幸ちゃんの様子がおかしい。
気のせいかな?
それとも大きな声で呼んだのが恥ずかしかった?
何か、少しの違和感が漂う。
「どうしたの?何か今日、雰囲気が違くない?あれ?ちょっと背縮んだ?」
自分の頭のそばで右手をヒョイヒョイと動かして、背比べの仕草をする。
「どちらさんです…?」
「やだなぁ、久しぶりだから顔忘れちゃった?ちょっとショック」
「あっ!もしかして、か…」
何か言いかけたとき、カタッと玄関の扉が開いて現れたのは。
「あ、かれんちゃんやないの!」
「お幸ちゃん…?!が、ふたり…」
「「え…?」」
ふたりとも、ぴったり声を揃えて聞き返す。
「えっ?あれっ?もしかして双子?!だったりなんかして…?」
「ふふふっ!」
ひとりのお幸ちゃんが口元を覆い隠してお上品に、もうひとりのお幸ちゃんがお腹を抱えて朗らかに笑った。
「ちゃうわ~」
「ささ、上がって」
ふたり、いるわけないよね。
いくらなんでも、さすがにね。
自分の頭の悪い発言に自分で呆れてしまった…。
だって、タイムスリップという摩訶不思議を体験した人間ですからね、一応。
未知との遭遇、再び。
が、ないとは言い切れない。
「そっかぁ、姉妹かぁ!それにしてもよく似てるよね」
「よう言われるわ」
「お幸ちゃんがお姉さんで、こちらが妹さん?」
「
「瓜二つの美人姉妹だね~」
別々に働いていた妹さんを呼び寄せ、姉妹ふたりで暮らせるようにとの、局長の計らいなのだそう。
「紹介するわ。妹の孝や」
「孝です」
「こちらが秋月かれんちゃん」
「初めまして、お孝ちゃん。かれんです。よろしくね」
「姉からぎょうさん話聞いてます。話は聞いてましたんやけど、お顔が分からへんさかいに、さっきはすんまへんでしたなぁ」
「ううん、わたしのほうこそさっきはごめんなさい。話も聞かず矢継ぎ早に…」
「走ってきて息切れしたまま、息継ぎもせんとよう喋りはるわぁと思てたんよ」
「うれしさのあまり、つい」
「ふふっ、かれんちゃん、よう来てくれはったなぁ。うちもうれしいわ」
「うちとも仲ようしてくれはります?」
「もちろん!」
「あんたら同い年やで」
「ほんま?天保十五年?」
「あ~うん…」
「親近感がわくわぁ」
「そうだね」
すっかり忘れてた。
わたしは天保15年生まれなんだった。
「お幸ちゃん、都は久しぶりなんでしょ?」
「せやなぁ。いつ以来やろか」
「あ、これ!引っ越し祝いの大福。好きなんだよね?」
「いやぁ!おおきに!気ぃ遣わんでもええのに」
「局長もこのお店の大福が好きだけど、もしかしてお幸ちゃんの影響なの?」
「せや、甘いもんが好きな先生におすすめしたんや」
「食べ物の好みが一致するって大事なのね」
「そうかもしれへんなぁ」
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