24.再会の日に僕は燃える恋を知る(六)

「あ、わたし、そろそろ行かないと」


「お使いか?」


「はい、宝蔵寺に」


「宝蔵寺さんも、再建中やろか?」


「そうなんです、帰りにお手伝いに戻って来ますね」


「気をつけてね」



白、ピンク、紅。


顔を近づけ撫子の花の匂いをかぐ。



お寺のお庭の植物も全部燃えてしまったと悲しんでおられたから、上人様にも。


種ができたらまた持って行こう。


それとも株分けか、挿し芽のほうがいいのかな?



新選組を嫌う人がいるのが現実。


だけど、頼りにしてくれる人だって結構いる。


世の中、悪いことばかり起きるわけじゃない。



それに、何があってもわたしだけはずっと味方でいる。


永遠に好きでいる!



「今日も絶対いいことがある!」



まさかこの道の先に、あの人が待っているとは思いもせずに。



洛中はどんどん焼けの爪痕があちこちに残ったままだ。


荷車で木材や瓦が運ばれてきた。


火災で焼けて、倒壊したお屋敷や町屋が日ごと建てられていく。


まだ元の街並みに戻すまでにはほど遠いけど、苦境の中でも、町は少しずつ、少しずつ、復興に向かって立ち直り始めている。



再建中の町屋の前に積まれた木材置き場から、ガタッと音がしたのを察知して振り返る。



「危ないっ!」


「うわっ!」



とっさに木材の前にいた武士に勢いよく飛びつき、共に地面に転がった。


撫子が宙を舞い、ぱらぱらと花が降る。



「いったぁい…ゴホゴホッ」



間一髪。


大きな音を立てて、目の前で木材の雪崩れが起きた。


下敷きの悲劇を回避できたことに、ほっと胸をなでおろすのは後回し。


モクモクと立ちこめる砂埃が、喉を渇かし潤いを奪う。


空気を霞める中で、目を細めて咳をした。


手でパタパタと扇いで、なかなか消えない砂埃を避ける。


ゆっくりと体を起こしたものの、ヘナヘナと力が抜けて、その場に座りこんだ。


ここでようやく、ふぅ~っと深い安堵のため息。



乾燥した目を擦り、ようやく目を開いた時、お互いに同じタイミングで顔を見たためにバチっと目が合った。


瞬間、ハッと我に返る。



「申し訳ございません!ご無礼をお許しくださいませ」



慌てて地面に手をついて謝罪した。


腰には刀。


偉い人だったらどうしよう…



「無礼だなんぞ思っちょいもはん」


「え…?」


「かたじけない。おはんのお蔭で助かりもした。さぁ、顔を上げてくいやんせ」



穏やかな声、笑顔。


その独特の言葉はどこの方言だったか。



恐る恐る顔を上げ、今度は真正面から相手の顔を見た。


ハッキリとした顔立ち。



「おはんは!?」


「え?」


「かれんさぁではごわはんか?!」


「え?そうですけど…」


「おいを覚えちょりもはんか?」


「はい…?」



誰だっけ…?


言われてみれば見覚えがある気がする…。



「大山弥助でごわす!裏寺町で道に迷った時、鍵直旅館までの案内と、足の怪我の手当てまでしていただきもした」


「あ!薩摩の!」


「あいがとございもす。またおはんに助けられもしたな」


「いえいえ!とんでもございません」


「おはんも怪我あいもはんか?」


「え?」


「あいすいもはん、つい。怪我はありませんか?」


「はい、わたしはどこも!無傷でございます」


「弥助どん!いやぁ~たまがった!肝を冷やしたど!」


「お、了介さぁ!」


「あっ!おはんはあん時のおごじょじゃなかか?!」


「あっ!ご無沙汰しております」


「いやぁ、今日またここでお会いするとは思いもはんじゃした」



以前、宝蔵寺の近くで道に迷っていたあの薩摩のふたり。


大山弥助様と黒田了介様との再会だった。



「弥助どん!!」



太く低い大きな声が耳に入った。



「吉之助兄さぁ!」



黒田様から少し遅れて、大山様に駆け寄る男性。


相当驚いたんだろう。


下敷きを免れたわたしたち以上に青ざめている。



「ひったまがったー!!弥助どん、大事なかか?!」


「はい!こんおごじょのお蔭でごわす。身を挺して助けてくれもした」


「こんおごじょが?こいはたまがった!大したもんじゃ!ぼっけもんやっど(※1)」


「ほんのこて感心しちょいもす。下敷きになっちょったら大怪我だけじゃあ、すまんかった」


「打ち所が悪けりゃあ命はなかったかもしれん。おいからも礼を言いもす。ありがとうごわした」


「どうか頭をお上げくださいませ…!」



どちらかと言えば太め。


恰幅のいい体を見上げる。


この人といい、覚馬先生といい、幕末にも意外と体格がいい人っていたのね。


それでもやっぱり島田さんがいちばん大柄かな。


島田さんを見慣れているからなぁ。


現代人のわたしにとっては、力士やプロレスラー、バレーやバスケ選手並みの人が現れない限り、多少の大男では驚かない。



それよりも濃い顔立ちの人だなぁ。


彫りの深い黒田様といい勝負。


太い眉毛に、ぱっちりくっきり二重の大きな目。


威圧感はなく、むしろ人が良さそうな。


ん?


この人、どこかで見たことがあるような…?






※1 度胸がある人だ。

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