24.再会の日に僕は燃える恋を知る(七)
「申し遅れもした。薩摩の西郷吉之助でごわす。あなた様には先日も黒田と大山がお世話になったそうで」
「西郷…様」
まさか!
もしかしてこの人…
西郷隆盛?!
名前は違うみたいだけど、諱とか改名とか?
「こんな顔だったのかぁ…」
肖像画や銅像は残っていても、維新の偉人の中で西郷隆盛だけが、これが実際の顔ですと確定できるものはなく、本当はどんな顔だったのか、現代の人は誰も知らない。
肖像画や上野の銅像にも、どことなーく雰囲気が似てるような似てないような…モデルは顔がよく似ていた兄弟だとかっていうのは有名な話だ。
偶然にも会話しちゃった。
じーっと見ちゃう。
「いけんしたとな?おいの顔に何か?」
「いえ!何でも…」
この時代にも慣れて普通に生活してるけど、考えてみれば、今ここには歴史に名を馳せる人たちが生きている。
教科書やドラマの中で会っていた人物がたくさんいるんだよね。
現実だけど、現実じゃないような。
現在と未来を行き来する、ふわふわした感覚。
「あああ!ちょっしもた!申し訳ございもはん。花が台無しに…」
大山様が潰されずに済んだ花を拾い集めてくれた。
「お気になさらないでくださいませ」
「じゃっどん…」
「このお花は、帰ったら押し花にします」
「なるほど!そいができたら、おいにもいただけもはんか?」
「はい、構いませんよ」
グイグイ来るなぁ。
この人は、これから何をする人?
どんな偉業を成した人?
クリッとした大きな瞳が熱い視線を放つ。
眩しい目力。
手をぎゅっと握られ、瞳の奥まで覗き込まれる。
何…?わたし、何か変?
ゴツゴツと骨ばった太い指が頬に触れた。
動揺のあまり顔が熱い。
自分の頬がみるみる紅潮していくのが分かった。
「顔が汚れちょいもす…っと、汚れた手ですいもはん」
懐から手ぬぐいを取り出し、優しく汚れを拭いた。
「ありがとうございます…」
「よかよか」
手を離してくれないんですけど。
「大山様の顔にも汚れが…」
「よかよか」
よかよか、じゃなくて。
「あの…」
「弥助どん、困っちょるじゃろ」
「あ…すまんじゃった」
やっと離してくれた。
ときめいてるわけじゃないけど、土方さん以外の人に触れられて照れるなんてダメダメ…
「むぜなぁ…(※2)。よかおごじょじゃ」
「いけんした?惚れたか?」
「了介さぁ!おはんの言うとおりじゃった!」
「何じゃ?」
「こん再会は運命じゃ!了介さぁもそげん思いもはんか?」
「確かにそげかもしれんのう。じゃっどん、落ち着け…!」
「落ち着いてられるか!」
鹿児島弁って、やっぱり難しいんだなぁ。
さっぱり聞き取れない。
あ、もしかして會津弁も訛ってて聞き取れないのかな?
「かれんさぁ、年はいくつじゃ?京の出ではなかじゃろ?郷はどこね?」
「そげん焦らんでもよかじゃろ…」
わたしが答えないうちに、大山様から次々に質問が飛んでくる。
思わず苦笑い。
「會津でございます」
「「「會津!」」」
「そん身形は武家のお姫様でごわすか?そいとも商家のお嬢様で?ないごて京におっとな?」
この質問、本当困る。
こういうとき何て答えればいい?
当然ながら現代人に身分はない。
適当に言って深くつっこまれても困るし…
「身分は…ございません!」
「「「はははっ!」」」
3人の大きな笑い声がこだまする。
「おはん、身分はなかか!」
「わっぜぇ面白かおごじょじゃ。のう、弥助どん」
「なんちゅあならん!」
「え…?」
「素晴らしいっちゅう意味じゃ」
「しっかし、面白か結い髪じゃのう」
「西洋の結い髪が気に入ったので…」
「ほう、西洋の?何ち先進的な!
「こん礼をばせにゃなりもはん」
「お気遣いは無用でございます。お気持ちだけ…」
「礼をせにゃあ、おいの気が済まん!どちらに住んでおいもすか?お送りしもんそ」
「弥助どん、今は市中見廻りの途中じゃ」
「あ、うーん…そげんなれば、かれんさぁ、必ずまたお逢いしもんそ!どげんしてん、おはんに今一度逢いたか」
「すんもはん、弥助どんにまた逢ってやってくいやい」
「はぁ…」
「そいではこいで失礼」
「西郷様、黒田様、大山様、どうぞお気をつけて」
深くお辞儀をして別れた。
まだ半信半疑、信じられないな。
思いがけない出会い。
薩摩。
いずれ、新選組とも會津とも敵同士となる。
藩は違えど同じ日本人。
だから心は通うはずなの。
同じ国の人が争っても利益などない。
殺し合うなんて以ての外!
なぜ、お互いを認めて協力し合わないのか。
とても難しい。
一方の志を貫けば、片一方の志は挫かれる。
現代の日本があるのは、幕府が開国したからかもしれない。
明治維新でその幕府が倒れ、政治や法律が変わったから、文明開化したからかもしれない。
どの思想が正解かなんて、今も、未来の人にも分からない。
正解がないから、誰かを犠牲にし傷つけてしまうのかも。
ひとつだけ。
誰もが今を生きるのに、これからを生きていくのに一生懸命だということは分かる。
誰の言いなりになるわけでもない。
自分で考え動いて、答えを導く。
清らかに、胸に誇りを。
道は自分で拓いて。
そう生きていきたい。
※2 可愛いなぁ…。
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