23.ほまれ、さかえあらん(六)
「どうぞ」
「失礼いたします」
お店の奥、母屋の客間へ通されると、当主であるお兄さんがわたしの正面に、その少し後ろにお母さんとおまさちゃんが並んで正座をした。
「ほんで、戦てどういうことどす?」
「長州が京に兵を向け、山崎、伏見、嵯峨天龍寺を陣地にしているようです」
「ほんまどすか?確かに、近頃は町にも武装した兵がよういてはりますけど」
「新選組は會津からの命を受けて、1ヵ月ほど前から泊まり込みで竹田街道の警護に当たっています」
「そない言うても、町の様子はいつもとさほど変わらへんのと違います?」
「前々から噂はあっても被害は出ておりませんし…」
「信じがたいのは分かりますが、もしものことが起きてからでは遅いんです」
新選組は東九条村を拠点にしていること。
すでに各藩が持ち場について陣を敷いていること。
土方さんからさっき聞いたばかりの話を伝え、訴える。
3人とも怪訝な表情に変わりはない。
「新選組は會津藩直属の組織です。でまかせなんて言いません」
「それはそうかもしれまへんけど…」
「都での戦を回避するために、精鋭部隊として新選組も街道の入口に配属されたのだと思います」
戦争が始まるかもしれないという先入観から、悪いほうにばかり想像が働いてしまったけど、そもそも京に長州軍を入れさせないことが目的なのだ。
その手前で勝負をつける。
そうすれば町の人が巻き込まれることも、都が火の海になることも避けられる。
そのために池田屋事件があったのだから。
ただ、史実どおりなら、蛤御門の変という名のとおり市中での戦は避けられないはずだ、おそらくは…。
「京都守護職様もすでに御出陣されています」
「そう言わはりましても…」
「商いは信用が第一どす。店を休むことでお客様、取引先、両替屋にご迷惑をおかけしては、今まで築き上げてきたもんを失うのも同然。高嶋屋の看板に傷を付けることはできしまへん」
「それに、店を潰すことになってしもたら、うちの大事な使用人たちを路頭に迷わすことになります。そういうわけにはいかへんのどす」
「それはごもっともです。それでしたら、お客様や取引先の方にも事情をお伝えするというのはいかがでしょう?」
「町ん中で戦が起こるかも分からへんさかいに避難せぇと話すんどすか?」
「長州贔屓の人もいてはるさかい、信じてもらえるかどうか…」
「信じる信じないは別として、急に戦が始まって慌てるよりも、備えがあったほうがいいということだけでもお話いただけませんか?そうすればお店にとって大事な人材、商品、資産、帳簿などを守れるかと思います」
必死に訴え続ける。
こうしている間にも、にらみ合いは続いていて、いつ戦いが始まるのか時間の問題なのかも。
たとえば、どちらかが1発でも発砲してしまったら…
「なるべく多くの人に助かってほしいんです。わたし個人の力では限りがございます。高嶋屋さんのような信用のある大きなお店同士の繋がりで皆さんにお伝えいただければ心強いことです」
「確かになぁ、万一、ほんまに戦になった時のことを考えると、備えておいたほうがええのかもしれん」
「命が助かれば、“あのとき高嶋屋さんの話を信じてよかった”と、さらに信用も得られるかと存じます」
「お兄ちゃん、お母はん、うちはかれんちゃんを信じる!」
「まさ、あんた…!」
「かれんちゃんはうちの友達や。嘘は言わへん」
「そやな、商いも命あってのことや、お母はん」
「…分かりました。あんたはんを信じまひょ」
手を揃えて付いて、深々と頭を下げた。
「信じてくださり、ありがとうございます」
「ほんで、どこへ行かはるつもりですのん?」
「壬生の屯所へ」
「壬生なら安全かもしれん」
「まさ、はよう支度しなさい。ハル!まさの支度しとくなはれ。あんたも一緒に行ってくれるか」
「へぇ、かしこまりました。お嬢様、お支度を」
「ほんならみんなも一緒に…」
「兄ちゃんたちは店の皆やお客様やご近所さんらにこの話をお知らせして、荷物まとめたら追いかけるさかい」
「せや、あんたは先にお世話になりなさい」
「一緒やないと嫌や…」
「言うこと聞き。はよしなさい」
「そや!お姉ちゃんとこにも知らせなあかん」
「それは兄ちゃんに任せとき!」
「先にまさとそれからおハルを頼みましたえ」
「はい、責任を持ってお預かりします」
「すんまへん、よろしゅうお頼み申します」
「みなさんもできるだけ早く壬生にお越しください。大砲の音が聞こえてからでは…」
「分かりました。二、三日で何とかしますさかい」
「御所に火をつけ天子様を連れ去る計画をしていたと聞きますから、そちらにはあまり近づかないほうが…」
「天子様を?!正気の沙汰とは思われへん…」
「町の人を犠牲にして戦をするなんて、決してあってはならないことです」
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