23.ほまれ、さかえあらん(七)
早いうちに動いたわたしの判断は正しかった。
7月19日、早朝。
ついに長州は御所に向かって発砲した。
それは、天皇に向けて発砲したも同じこと。
御所を武力で破ろうとするなんて、とんでもない暴挙だ。
政治的な勢力回復のためとはいえ、こんなことをしてその後どうなるか…
どんな理由があったとしても、許されることではないだろう。
そこまで追い込まれていたのか。
それとも、やり遂げる自信があったのか。
長州には長州の言い分があるのだろう。
けれど、味方する藩はひとつもなかったという。
なぜ、お互い力づくで排除しようとするの?
結果、長州は朝敵とされ、朝廷から討伐令が下りる。
数年後、今度は會津と新選組が逆の立場になるのが恐ろしい…。
そして、何よりも恐れていたことが起きた。
「町が燃えてる…」
京の都は火の海と化した。
あちこちに大砲が撃ち込まれ、炎が上がる。
恐ろしいほど火足が速く、家々に燃え移っていく。
風に煽られた火の勢いは衰えることはなく。
次から次へと、火炎と黒い煙に飲み込まれていく。
ドーン…!という大砲の音に耳を塞ぐ。
敵味方に分かれ、何発も何発も打ち合うのを、立ち上る灰色の硝煙が物語る。
「これが“どんどん焼け”…」
消火が間に合わないほど、炎々と燃え盛る。
このままでは、あの風情ある美しい町並みが焼け野原になってしまう。
「ご近所の皆さんも無事に逃げれたやろか…」
「信じてくれはった方もいてました。きっとお客様や皆さんも避難してはりますわ…」
あの後、無事に壬生へやって来たおまさちゃんの家族とお店の方たち。
「こんな大火で家もお店も大丈夫やろか…?」
「きっとすぐに戦も終わりますさかい…」
おまさちゃんが心配そうにつぶやくと、ニコッと笑っておハルちゃんが優しく慰めた。
でも、おハルちゃんも少しだけ声が震えていた。
こんな凄まじい戦、幕末の人々も初めてのことだろう。
それぞれにどんなに心細いことか。
こんなとき、家族みんな一緒にいられるだけありがたい、と言ってくれた。
幸いなことに壬生に火の手は届いていない。
そう遠くはない場所で起きている、信じ難い光景を目の当たりにし実感した。
これが戦。
今、この目に映る現実。
風で流れる焦げたにおい。
恐怖と絶望感に襲われ、うなだれた。
もし、町に出た時にこうなっていたら…
巻き込まれて死んでいたかもしれない。
土方さんはそれを心配していたんだ。
ゾッとして鳥肌が立った。
祇園祭のときには、年に一度の賑わいを楽しむ人たちで溢れかえっていたのに。
それがこんなに戦火が広がってしまって、嘘みたいだ…
あの立派な山鉾たちも焼けてしまうのだろうか。
「オロオロしたり、愕然としたり、見ていることしかでけへんのが悔しいなぁ…」
「すみません…」
「何で君が謝るんや?」
「會津も新選組もこの戦に参加していますから…。そのせいで町が燃えて、関係のない人たちが巻き添えになるのはつらいです…」
新選組も會津もこの戦いに加わってる。
その現実が悲しくて、胸が痛いよ…
どうして町が戦場になるの?
どうして町の人が苦しまなきゃならないの?
望まない戦争に巻き込まれるのはいつだって力を持たない市井の人たちだ。
バカみたい。
敵も味方も関係ない。
政治の権力争いなんか、どうだっていい。
この町で生まれて、平和に暮らしている人たちの生活を犠牲にする権利なんて誰にもない。
天皇にだって、将軍にだってそんな権利はないの。
だいたい、會津だの薩摩だの長州だのって国内で揉めている場合じゃないはずだ。
外国勢に付け込む隙を与えてはいけない。
日本を強い国にしたい、植民地になりたくない、という根本の思いは同じはずなのに。
「君は新選組が好きか?」
「はい。お嫌いですか…?」
「うーん、何とも…」
「新選組は人を斬るけれど、京の町を守るという任務に実直なのです…それだけは分かってください」
やっぱり新選組は評判がよくない。
おまさちゃんのお兄さんも口を濁した。
どうしても分かってもらえないのかな?
京都の人にとっては迷惑でしかないのかな?
泣きそうなのをぐっとこらえる。
「新選組が好きではないのに、どうしてわたしを信じてくださったのですか?」
「それはなぁ」
「
お兄さんとわたしの会話に、おまさちゃんのお母さんが加わる。
「まさはおっとりしてますやろ?末っ子やさかい、つい甘やかしてしもて。小さい頃からの人見知りも直らんのどす」
「お淑やかで結構なことだと思いますが…」
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