23.ほまれ、さかえあらん(五)

「左之、どうした?らしくねぇな」


「覇気がありませんね。どこか悪いのかい?」



青色吐息。


出陣直前、しかも大きな仕事の前だというのに元気も勢いもなく、うつむいて冴えない顔。


いつだって仕事前は暴れたくてウズウズして、誰より張り切るはずなの。



「おまさちゃんが心配で…」


「誰だ?」



そうだ…


万が一、戦火に巻き込まれて犠牲になったら…


左之助兄ちゃんのことだもん。


任務を放り出してでも助けに行きたいはず。


さすがにこのお国の一大事にそれはできないから、居たたまれないだろう。



「あたしがここに連れてくる!」


「駄目だ!馬鹿言うな!」



土方さんが慌てて口をはさみ、思いつきの提案に猛反対。



「町にも浪士が潜んでるはずだ。いつ攻めてくるか分からねぇのに危なすぎる」


「誰か別の奴に…」


「だって!他におまさちゃんの顔も家も知ってるのは、土方さんと沖田さんとわたしだけなんですよ!」


「だからって…」


「おまさちゃんもご家族も、新選組とはいえ知らない男の人に言われてついていくより安心だと思います」


「総司は風邪で寝込んでるし…参ったな」


「おまさちゃんの家だって、ここから離れてるわけじゃないし、わたしなら大丈夫!」


「根拠はないだろ」



根拠はないけど、うまくいく気がする。



「お願いです。行かせてください」



腕を組み、渋い顔で考える土方さんへ、目をそらさず訴え続ける。


簡単には引き下がらないわ。


一度言い出したら聞かないって知ってるでしょう?



「…身の危険を感じたら、すぐ引き返せよ」


「いいん、ですね?」


「やむを得ん。駄目だと言っても行くんだろ?」


「はい、ありがとうございます!」


「はい、ってなぁ…」


「かれん、くれぐれもおまさちゃんを頼むな…!」


「任せて」



肩をガシッと鷲掴み、必死の顔が迫る。


その距離、7cm。



「いってぇ!」


「痛っ!」



ゴツンと左之助兄ちゃんとおでこがぶつかる。


土方さんによって至近距離の頭突き。



「何すんだよっ!」


「近ぇよ!ったく…しょうがねぇな」



怒ってる?


仕方ないとは言ったものの、しかめっ面で完全に納得のいかない表情。



「絶対に無茶はするな」


「はい」


「総司のことも頼むな」


「じゃあ、行ってくる。山南さん、屯所は任せた」


「承知、皆も頼んだよ」


「ご武運をお祈りいたします!」



悲観してばかりいてはいけない。


今、できることをする。


何ができるか分からないけれど。


わたしだってやればできるはずなの。




「山南さん、わたしも行ってきます」


「気をつけるんだよ」



土方さんたちを屯所で見送ってすぐに、急いでおまさちゃんの家に向かう。


屯所からもそう遠くない。


家の場所も道順も完璧。


よく沖田さんと一緒に左之助兄ちゃんの後をつけたし、宝蔵寺へのお使いの帰りにおまさちゃんと会ったのもつい数日前だ。



町に出て、ほっと胸をなでおろした。


人の笑顔と活気にわく様子はいつもと同じ。


まだ大丈夫。



「おはようございますっ」


「おはようさんどす。おいでやす」


「すみません」


「へえ!」


「えっと…お嬢様は、おまさ様はいらっしゃいますか?」



息を整える間もなく高嶋屋の暖簾をくぐると、忙しそうに働くお店の方に話しかけた。



「おまさ様?おい、お客様やて、奥に伝えてきてくれるか」



番頭さんだろうか。


若い男性に指示をする。



「まさのお友達どすか?」


「えっ?」


「まさの兄どす」


「申し遅れました、秋月かれんと申します。新選組の屯所で働いております」


「ほんなら、君か!まさが友達がでけたんやいうて、うれしそうに話してましたさかい」


「そうですか」


「今日は?どないな御用でしたやろか?あ、まさのこと、誘いに来てくれはったんどすか?」


「あ、えっと…」


「お待たせいたしましてすんまへんどした」


「ああ、来ましたわ」


「あ!かれんちゃん!どないしたんどす?」


「おまさちゃん、あのね、何て言ったらいいか…これから戦が起きて、町に被害が出るかもしれないの」


「え?それはまたえらい物騒な話どすな…」


「ご家族やお店の方にもお聞き入れ願いたいお話です。京の都の一大事です。万が一に備えて、なるべく早く避難をお願いします」


「かれんちゃん、一体何を言うてはるの…?」


「おまさちゃんとご家族とお店の方たちを避難させてほしいって、左之助兄ちゃんに頼まれたの」


「左之助はんに?」


「秋月かれんはん言いましたな。娘がいつもお世話になっております。まさの母どす」


「突然やって来て、唐突なお話で申し訳ありません」


「お母はん、どないしたらええのやろか…?」


「とにかく中へお上がりください。ここでは…」


「大変申し訳ありません、ご商売のお邪魔ですよね…」



信じられない気持ちも分かる。


わたしだって、半分は未だに信じられない。



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