23.ほまれ、さかえあらん(二)
時は正午過ぎ。
三条通と木屋町通の交差する角を曲がると、刀を抜いた刺客が2人現れたそうだ。
佐久間象山先生の宿は木屋町通にあり、刺客と遭遇した地点は宿の目と鼻の先だった。
まず馬上で左股を斬られた。
「そんじも、何とか馬を走らせたんだけんじょ、宿を通りすぎて御池通に差し掛かったところで、別の刺客が出てきて挟まれたらしい」
剣を抜いて応戦しようとするも、ここで馬も斬られて落馬。
そこを…!
「最期は…?」
「十三ヶ所も斬られて絶命したと…。即死だったそうだ…」
なにそれ…
メッタ刺しじゃない…
「知らせを聞いて、真っ先に駆け付けたんだけんじょも、間に合わねがった…」
白昼堂々と人を殺めるなんて。
そこまでするほど恨まれてたっていうこと?
「仇討ち、と仰るからには犯人は分かっているのですか?」
「ひとりは…肥後の
「現場の混乱に乗じて、すでに姿を消しただろうな」
「容姿や特徴を教えてください。行方をくらませているでしょうが、どこかに身を潜めているはずです」
「小柄で細身、色白。
「新選組でも捜索致しましょう」
「頼みます」
「ひどい…」
「近藤君、こちらの娘さんは?」
「ああ、覚馬さん、こちらは會津出身の秋月かれんさん。我々のもとでお預かりして、働いてもらっています」
「そんじは、君があの噂の會津娘がよ?!“可憐な
「はい?」
何でしょうか、その愛称かキャッチコピーか、みたいなのは。
「何です?“可憐な慧姫”とは?」
「ああ、殿がお気に召した新選組んとこの娘が可憐で賢い娘だと聞いたんだ。皆、親しみを込めて“慧姫”と」
「なるほど」
「特に神保修理様が感服しておいでだった」
「殿って、神保修理様って…。そのお国言葉といい、もしや山本様は…」
「そうだよ、覚馬さんは會津の方だ」
「山本覚馬と申します」
「どうりで聞いたことのあるお国言葉だと思いました」
「ははっ!話してなかったかな?覚馬さんは會津藩軍事取調役兼大砲頭取で、黒谷の御本陣で砲術調練の指揮を執っておられる」
「あ!武田信玄公の軍師様?!の御子孫でいらっしゃる?」
「以後お見知り置きを、慧姫様」
「お止めくださいませ…姫様だなんて柄ではございません」
「はははっ!」
「覚馬さんと君は気が合うんじゃないかと思っていたんだよ」
「気が合う?」
「まずは覚馬さん、彼女のピアノ、聞いていかれませんか?」
「ピアノとはもしや、殿の御前で弾いたっつう西洋の楽器がし?」
「よくご存知で」
「何で君が西洋の楽器を弾けんだ?」
「横濱の居留地で、メリケンの宣教師から習ったんだったね?」
「はい。そのときに英語と、西洋の文化、慣習、政治の仕組みなども教えていただきました」
と、いうことにしておこう。
この際、すべて。
「蘭学所の教授でもある覚馬さんなら、西洋の音楽にもご興味があるんじゃないかと思いましてね」
「それはぜひ拝聴したい。さすけねぇか(※1)?」
「はい、さすけねぇです!」
「では覚馬さんのために、ひとつ頼むよ」
「山本様にぴったりの曲がございます」
なるほど、そうか。
會津藩士である山本覚馬様にわたしを紹介したかったのと、それからピアノを聞かせたかった。
それが局長がわたしをこの場に引き留めた理由だったのね。
「“軍隊”という曲を」
ショパン、『軍隊ポロネーズ』。
明るく勇ましい、堂々とした曲調からそう呼ばれている。
『ポロネーズ第3番イ長調 Op.40-1』
速く軽快に、生き生きと、輝かしく。
とにかくリピートが多い。
16分音符の3連符もたくさん出てくる。
付点音符、16分休符、ポロネーズ特有の3拍子のリズムを意識して。
小刻みに続く16分音符の力強い和音の連打、スタッカート。
けれど決して力任せにならないよう、に音楽を前へ前へと進める。
ダブル
中間部には16分音符の3連符トレモロ、左右ユニゾンのトリルと32分音符、左右のオクターブの半音階、全音階の乖離進行。
最後までまだまだ出てくる、ひたすら力強い和音の連続。
ところが、コーダがないために曲の終わりは突然に訪れる。
※1大丈夫か?(差し支えないか?)
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