23.ほまれ、さかえあらん(一)
朝からとても暑い日のことだった。
屯所から歩いて5分ほどの場所にある光縁寺。
その門前の細い路地の左側に新選組の馬小屋がある。
「この暑さじゃ、つばさもみんなもバテちゃうよね」
つばさたち馬の世話を終え、屯所へ戻ろうとした時、目の前を鷹のごとき猛スピードで走り抜ける武士。
と思ったら、急ブレーキをかけ、ものすごい勢いでこちらに向かって引き返して来た。
「失礼!!そこの、娘さん!」
「あ…はい?わたしですか?」
がっちりしてて体格のいい人だな。
島田さんほどではないけど。
大柄なこの人の勢いもあって、思わず後ずさりしてしまった。
「この厩から出てきたっつうことは、新選組の方がし?!」
「はい、左様でございますが…」
「近藤君は御出でか?!」
「はい、近藤でございますね。お取次ぎいたしますので屯所のほうへ…」
「至急、頼む」
「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしゅうございますか?」
「山本
「かしこまりました、山本様。わたしは先に伝えて参りますので、屯所のほうで少々お待ちくださいませ」
「いや、急ぎの用だ、私も共に行こう」
なんか聞いたことのある訛りだな。
このズーズー弁は、わたしと同じ南東北あたりの出身かな?
「ごめんなんしょ!」
「覚馬さん!どうしま…」
「佐久間
「象山先生が?!とにかく部屋へ!」
暗殺、仇討ちって…また物騒な話。
だけど、結構ここでは普通のことだ。
「かれんさん、歳を呼んできてくれないか?」
「はい、かしこまりました、すぐに」
池田屋事件の前にもそういうことはあった。
それに、京の町の取り締まりをしているのは新選組だけではない。
京都守護職、京都所司代、京都町奉行、京都見廻組…など、管轄エリアや業務内容に多少の違いはあれど、治安維持のための組織は他にもあるのだ。
特に見廻組は同じく京都守護職の配下にある。
あちらは幕臣で、旗本の次男や三男であるお坊っちゃまたちで構成されているために、御所や二条城周辺などの公家や武家の多く住む区域を担当しているらしい。
ちなみに京都所司代を務めるのは、容保様の実の弟君であり桑名藩主の松平
いずれの組織も池田屋事件後は、さらに取り締まりを強化しているにもかかわらず暗殺が起きるということは、たぶんもう一触即発、激昂しているに違いない。
過激尊譲派は反撃と巻き返しのチャンスを狙っているのだ。
「土方君、とにかく仇討ちを頼む!」
「落ち着いてください」
「失礼いたします。麦湯をお持ちいたしました」
「ありがとう」
「君は、さっきの…」
「まずは麦湯を飲んで、落ち着いてください」
この人…
佐久間象山先生という方が亡くなったことが、本当に悔しくて、悲しいんだ。
だって、怒りのあまり震えていて。
悔しさのあまり今にも泣いてしまいそうな。
「あ…では、わたしは失礼いたします」
「かれんさん、少しここで待っていなさい」
「え?あ、はい…」
「それで、覚馬さん、象山先生はどんなご様子で…?」
「馬で…悠々とあの白馬で出かけるなんて…」
「確か、王庭という名の」
「日頃からあんだけ用心してくなんしょ、護衛をつけてくなんしょと頼んでいたのに…!馬引きや数人の供回りだけで出かけるなど!」
ごめんなんしょ、とか、くんつぇ、とか、くなんしょ…って、まさか。
佐久間象山先生が誰だか分からないから、山本様の訛りのほうが気になってしまって。
部屋の隅のほうでじっと話を聞いていた。
局長、なぜわたしを引き留めたの?
本当に痛ましいことだけど、雰囲気的に亡くなったのは相当な大物の先生なのかな…?
「白い小袖に黒い裃なの着て、派手な格好では目立つに決まってる」
「狙ってくださいと言っているようなものですね…」
「先生はただでさえ背が高く、彫りの深い顔立ちだから印象に残りやすい。前にも尊譲派の者から声をかけらっちゃことがあるっつうのに」
「開国論者の代表格のような方ですから、尊譲派から狙われていたと聞きましたが…」
「“西洋かぶれ”と揶揄さっち、敵も多がったんだ」
「先生はどちらで倒れたのですか?」
「三条木屋町通御池の高瀬川沿いだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます