21.恋と願いはよくせよ(七)

「土方先生、喜んでくれはると思うわ」


「えっ?!」


「かれんちゃんの恋のお相手は土方先生なんやろ?」


「なぜそれを…」


「あの土方先生が心底惚れ込んだはって、他の女子おなごには見向きもせんようになったって」


「山南さんですね…」


「いいじゃないか。本当のことだからね」



どこかで聞いたセリフ。


ニコニコと余裕のたっぷりの笑み。


完全に形勢逆転だ…



「それにあの會津様も…」


「明里っ!それは…」


「あ…すんまへん」


「會津様?容保様がどうしたんですか?」


「あー何て言いますのやろなぁ…どないな子かと思てたけど、かれんちゃんなら納得や」


「何でですか?」


「ちぃっとも気づいてへんとこがええどすなぁ」


「そうだね」


「土方先生は気がつきはったんと違う?愛するいうんがどういうことか」


「本当にそう思いますか?」


「うん。愛の芽生えや」


「現に土方君はいろいろな表情を見せるようになったし、仕事以外の時は雰囲気も少し和らいだように思うんだ」


「わたし、何をしたわけでもないんですよ」


「家柄や容姿や名声やお金や、新選組副長という地位ではない。君は彼の心を、純粋に心で見ているだろう」


「それって普通のことじゃないんですか?」


「うん。そうではない人も少なからずいるということだよ」


「そうどすな。特に結婚となれば、一般的には家柄の釣り合いが重要になってくるよって」


「偽りのない君に心を開いたのかもしれないね」


「そんな立派なものじゃないんです。ただただ、土方さんが好きなだけで…」


「人の心を動かすのは一途さ、ひたむきさだよ」



人は本来、愛にあふれていると信じたい。


愛されれば愛を知る。


愛を知れば愛を与える。


愛は循環するもの。



山南さんと明里さん。


ふたりは愛にあふれている。


その証に、わたしの心には愛が伝染している。



「あ、じゃあ、わたしそろそろ失礼します。おふたりでごゆっくり」


「先生、ちょっとそこまで送ってきます」


「頼みます」


「明里さん、大丈夫ですよ」


「ええのよ」



花街でふたりのようになる確率は何%あるのだろう。


ただのお客と天神でなく。


愛が生まれる確率。



「うちな、山南先生と出逢えてほんまに幸せもんやと思てるんよ」


「すごくお似合いです」


「他の人ではあかんのや。他に何も望んだりしいひん。一生、穏やかなあの人のそばにおりたい。それだけなんよ」


「たぶんね、山南さんも同じこと思ってますよ」


「ふふっ。せやろか」


「山南さんって"好き"とか"愛してる"とか言うんですか?」


「言葉にはしいひん。そやけど、かまへんのよ。うちには先生の気持ち、伝わってるさかいに」


「言葉にするだけが愛じゃないですもんね」



言葉にせずとも通じ合う。


テレパシーみたいな。



心と心が繋がっていればいいのだ、と。


しみじみとそう言った。



失望の数だけ希望が生まれますように。


と、相手の幸せを真っ先に願う。


安らぎと癒やしを。


時に悲しみや苦しみも分かち合い。


ふたり、そうやってここまできたのね。



「明里さんと山南さんは、わたしの憧れです」


「おおきに。そんなん言わはるさかい照れてしまうわぁ」


「♪“命短し 恋せよおとめ,黒髪の色 褪せぬ間に~”ですね!」


「そやね」



そんなふうになれたらいい。


ふたりで愛を紡いでいけたら。



「かれんちゃん、うちらは同志や。新選組が同志であるように」



それは、強いまなざしだった。


とても美しくて、まっすぐで。


輝きに満ちたまなざし。


あまりにきれいで、瞳にくぎづけになった。



わたしの人生はわたしのもの。


わたしの心もわたしのもの。


そう思ってきた。


確かにそれはそうだけど。


でも。


そう思うだけじゃなくて、今は少し違う。



誰かと共に生きるのは難しいけれど。


ひとりで生きるのも難しい。



慈しみ、絆を結ぶ。


一緒に生きていくって、たぶんそういうこと。



新選組の誰かに恋をする人なら分かるはず。


誰しも心にある想い。



試練という茨の道を通った後に残るのは、希望か絶望か。


口先だけの慰めは通用しない。



たとえば、誰もが去りゆくとしても、その手には何も残らなくても。


絶望の中に星が煌めくように寄り添う。


そうしたい。


そばにいて、苦難だって乗り越えてみせる。



特別な恋なの。


時空さえも超えて、あなたの胸に飛び込んだ。



ここに来なければ分かり得なかったことがたくさんある。


感覚や相性やタイミングだけじゃない。


お互いを理解しようと、少しずつ歩み寄った。



この想い、必ず貫きます。


引きかえに、他の何を捧げても構いません。



どうか神様、わたしたちの愛する人を苦しませないでください。




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