21.恋と願いはよくせよ(六)
「天子様は外国嫌いなのに、何で開国した幕府側の容保様を信頼してるんですか?逆に攘夷を進めようとする長州を遠ざけるし」
「松平容保公は京の治安維持と公武合体に尽力し、幕府はもとより帝への誠実な働きをお認めになっておられるからでしょう」
「それはそうですけど…」
どうも腑に落ちない。
「これはあくまで私の考えだが」
顔を見て察したのか、仕方がないという感じでため息をつき話し始めた。
「おそらく、帝は攘夷とは仰っても戦を望んでおられるわけではない」
「何をお望みなんですか?」
「力で威圧する異国のやり方がお嫌いで、日本に入国させたくないんだろう」
「そうは言っても開国しちゃったし…」
「攘夷を望んでいるものの、幕府と対立しようというご意思はないし、ましてや幕府を潰そうなどというお考えはお持ちでないようだ」
「じゃあ、長州に対しては?どの藩よりも外国を追い出そうとしてるじゃないですか」
「長州の一部の過激派は“尊王”、“勤皇”と帝の名を出しては、攘夷を強引に進めようとする」
「京の治安を乱してほしくないってこと?」
「ああ。荒れに荒れる都を鎮めるために力を尽くすのは、京都守護職である會津侯だ」
「長州は過激すぎて、胡散臭いと思われたのね」
「いつも身近で見る容保公の誠実な忠勤と比較されて、警戒したのではないかな」
「容保様の厚い忠義は日本一ですもんね」
いろんな人の思惑が渦巻いていて複雑。
自分の頭だけではとてもついていけない。
こんなこと教科書を読むだけじゃ分からない。
せっかく開国したんだから、外国の文化を体験してみればいいのに。
大国と対等に渡り合うなら、最初はマネをしてでも国力をつけなきゃ。
日本人の“ブラッシュアップしてさらにいいものにする”という性質は、幕末でも発揮できると思うけど。
と言っても、わたしがそう思うのは、現代の便利な生活や外国文化が当たり前の中で育ったからだ。
長い間、鎖国していた日本に生まれ育った人たちにしてみれば、驚きの連続だよね。
現代でこそ日本は先進国の一員だけど、今の時点では世界からかなり遅れている。
“バーバリアン”
つまり、“野蛮人”なんて、欧米人たちに言われてるみたいだし。
現代日本を訪れるインバウンド旅行者たちが、“サムライ”、“ニンジャ”、“COOL JAPAN”と喜ぶ光景が、夢のまた夢のように思えてくる。
もちろん今のままでいいこともたくさんある。
でも、国力の差は大きい。
変な不平等条約結んじゃうし。
このままでは日本が乗っ取られてしまうかも、って恐れるのも仕方ない。
「會津様がご上洛なされた時、"何と麗しいお殿様や"と評判やったんよ」
「へぇ、さすが!あのお顔立ちですもんね」
「つい、うっとりしてしまう
「実はここだけの話、わたしもうっとりしてしまったことがあります」
口元に手を添えてカミングアウトすると、うんうんと頷く。
「明里さん、こんなふうに時事も教えてくれるんですよ」
「良くも悪くも、君の好奇心は桁外れだからね。知る必要はないと思っていたが、我々と生活を共にするからには知っておいたほうがいいこともあるだろう」
「せやけど 、難しいこと知りたがるんやなぁ」
「時流を読むことは大切なのです、よね?」
人差し指を立て、ドヤ顔で山南さんの受け売りを口にする。
「思い立ったら一直線!さすがは先生の愛弟子どすなぁ」
「山南塾に通ってるから、賢くなった気がします」
「勉強意欲が高いのは良いことだが、くれぐれも危険なことはしないように!」
「はーい…」
「そや!山南先生から渡してもらおう思てたんやけど」
風呂敷包みを広げて手渡されたのは1冊の本。
「はい、かれんちゃん、これあげる」
『
江戸、京、大坂で発売された美容指南書で、女性たちのバイブルになっていると聞いた。
超ベストセラー本だ。
「いいんですか?」
「もちろんよ」
「ありがとうございます!」
正直、助かる。
だって、この時代のヘアメイクの流行りがよく分からない。
いくらなんでもダサいのは嫌だ。
おしゃれはしたい。
わたしはエッジの効いた個性派ということになっているのだ。
いや、勝手にそういうことにしている。
特に髪型が…
こうして明里さんや、手紙でお幸ちゃんがいろいろ教えてくれるから本当にありがたい。
着物、簪、草履は土方さんが選んでくれたから間違いないし。
土方さんは身だしなみにも気を使う、おしゃれ男子なのだ。
着こなせてると思う、たぶん。
でも、おしろいだけは怖くてつけられない。
昔は鉛おしろいと水銀おしろいだったってテレビで見た記憶があって。
両方とも絶対体に悪いに決まってる。
現代から持ってきたメイクポーチに、フェイスパウダー、チーク、アイシャドウ、アイブロウ、ビューラー、マスカラ、リップ、と一通りコスメを入れておいたのがよかった。
大切に使わなければ。
わたしの肌も髪も褒めてくれた。
この簪だって、本来ならば日本髪に挿したほうがもっと素敵なはずなんだ。
今から美人にはなれないけど、少しでも土方さんに似合う女性になりたい。
一応、わたしだって持ってます。
乙女心というやつを。
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