22.お嬢様に恋の罠(一)
「かれん!名案を思いついた!!」
チリン、チリン。
かすかな風に揺れる、ガラスの風鈴の涼やかな音色をかき消した。
もう!
ムードが壊れた。
まだ明るい夕空のオレンジと、風鈴の音色と、男前。
絵になります。
浴衣に着替えた土方さんも艶があります。
夏の日射しがやわらいだ夕刻、
「名案?って何?」
「おまさちゃんのことだよ!」
「おまさちゃん?誰だ?」
「左之助兄ちゃんの愛しの君です」
言い終わってから、あ、っという口をしたままフリーズ。
自然な流れでサラッと言ってしまった。
当の本人である左之助兄ちゃんはそれどころじゃないようで、全然気にしてないみたい。
「頼む、おまさちゃんと友達になってくれ!」
「友達?それが名案ってこと?」
「そうだ!俺は考えに考えた。お嬢様が外で男と逢引するのはダメでも、女ならいいってことだろ!」
「あ~言われてみればたしかに」
「そんで、俺がいい男だってことを伝えてくれ!」
「わたしは構わないけど」
「問題はどうやって友達になるか、だな」
「あ、スイカ食べる?冷やしておいたの。ちょっと待ってて」
定番の扇形に切ったスイカを運んでくると、左之助兄ちゃんが土方さんに恋バナをしているところだった。
おまさちゃんが可愛い、可愛いと話す声が聞こえてくる。
これまでのふたりの恋路を、うんうんと聞く恋愛のお師匠様。
「大商家のお嬢様ねぇ」
「小柄でな、子犬みたいな可愛さなんだよ」
子犬かぁ。
たしかに、可愛い小動物系だもんね。
フンフンと鼻歌が出る。
鼻歌のワルツに、社交ダンスのようにくるりと回ってみた。
明日のピアノレッスンはショパンの 『小犬のワルツ』に決まり。
正式名は『ワルツ第6番 変ニ長調 Op.64-1』
ショパンの恋人、ジョルジュ・サンドが飼っていた犬が、自分のしっぽを追いかけクルクルと回って遊ぶ様子を、即興で描写した愛らしいワルツだ。
マルキという名前の白い犬だったという。
フランス語で侯爵という意味らしい。
「まさか左之助がこれほど一途とはな」
「スイカお待たせしました~!左之助兄ちゃん、土方さんに女の落とし方、伝授してもらったら?」
「かれん、それは皮肉か…?皮肉なのか?」
「あっ、ごめんなさい!違いますよ!純粋にそう思っただけです!」
「百戦錬磨の土方さんの技なら間違いない!教えてくれ!いや、教えてください、師匠!」
「お前らなぁ!」
「頼むよ、土方さん!この通り!!」
「お願いします、土方さん」
「…分かったよ!」
「よかったね、左之助兄ちゃん!」
「よっしゃ!これで百人力だ!」
偶然にも3人同じタイミングでスイカを一口かじった。
甘くておいしい。
「まずは第一条件として、嫌われてねぇことだ。それは大丈夫なんだろうな?」
「おう!大丈夫だ!と、思う…」
「と、思う?」
「確証まではいかなくても、何かないの?手応えみたいなの」
「勝算もねぇのに、むやみに勢いだけで突っ走ったら玉砕だぜ。もちろん時には勢いも必要だけどよ、相手の実情を把握しねぇとな」
キョトン。
左之助兄ちゃんとともに目が点になった。
「すげぇな、色男は違うぜ…」
「そんで、目的を実現するために、その戦略を実行する戦術も必要ってわけだ」
お見事、これから戦や試合でも始めるかのような戦略・戦術が述べられていく。
ホントの兵法みたい。
新選組の仕事で戦略を立てることもあるし、恋愛の攻防も似たようなものなのかしら。
「お付きのおハルちゃんの話では、俺の手紙を読んで内心うれしそうにしてるみたいだって」
「こないだ、お花渡したの?」
「ああ!花渡したら、顔真っ赤にしてなぁ…それがまた可愛いだろ?」
「うんうん!甘酸っぱいね、青春だね」
「左之が花?渡したのか?!」
「まずかったですか…?」
「いや、ガサツな左之と花なんて結びつかねぇからな。こんな一面もあったのかって意外性があって、いい策だ」
「やった!ほらね!」
ドヤ顔して見せた。
「なるほど、こういうのが戦術ってわけか。勉強になるな、かれん」
「うん、さすがですね」
「かれん、お前は勉強しなくていいんだ!」
ゴホンと咳払いして、仕切り直した。
土方先生の鮮やかな恋愛兵法指南は尚も続く。
「間違っても武勇伝なんか話すなよ。まさか腹の傷、見せてねぇだろうな?」
「まだ見せてねぇよ!そのうち見せてぇなとは思ってるけどよ…」
「ダメダメ!絶対ダメ!うまくいくまで見せちゃダメだよ!」
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