7.未来の国のピヤノ弾き(五)
「それは…!前に横浜で教えてもらったんです!」
何とか苦し紛れにひらめいた。
異国情緒がある横浜なら大丈夫なはず…
「そうか、横濱なら居留地があるし、異人も多いからねぇ」
「何でお前が異人の居留地に出入りしてるんだ?」
「ちょ、ちょっと…ご縁がありまして…」
「日本人も許可を得れば住めるし、店をやることだってできるだろ?」
「しかし、生麦事件の時は大丈夫だったのかい?」
「なまむぎ…?ああ…!はい…」
たしか、薩摩の島津久光の大名行列を騎馬のまま突っ切ろうとしたイギリス人が斬られた事件…だよね。
薩英戦争のきっかけだ。
日本史の勉強でセットで覚えるやつよね。
「誰に教えてもらった?」
誰にって…
誰がいいんだ?
この時代、音楽をやるような環境にいる人って…
音楽家や楽器の先生以外には、お金持ちか…それか…
「宣教師の先生です…!」
教会は正確にはオルガンだけど、きっとピアノも弾けるはず…
「どこの国だ?」
今度は国?!
どこがいいんだろう…?
ペリーのアメリカが無難かな?
でもクラシックならヨーロッパだよね。
今、日本と関わりのありそうな国…
オランダ?イギリス?フランス?
オランダ語もフランス語も分かんないしなぁ。
一か八か…!
「フラ…イギリ…ア…アメリカ人です!」
「アメリカ?」
「メリケンのことだよ」
ピアノ熱が一旦落ち着いた山南さんが、ようやく話に参加する。
「メリケン…そうそう」
「横濱に住む異人の半数がエゲレス人だと聞いたけどな」
げ…
しまった、外した…?
負けてはダメだ!
押し通すしかない!
「ア、アメリカ人もいますよっ!」
「お前、まさか耶蘇じゃねぇだろうな?」
「やそ?」
「
「ああ、キリスト教」
開国して宣教師も来日してると思ったけど、このリアクションは何?
「どうなんだ?」
もしや日本には教会はまだないのか、あったとしても居留地内に限られてるのか…
ということは、日本人にはまだ信仰の自由はないのかも。
「違います。わたしは特に宗教は」
「本当だろうな?」
「まあまあ、素直に宣教師の名を出したんだ。耶蘇なら一切を隠すだろう」
この分じゃ、禁教令は解除されてないようね。
「いいじゃんか、細けぇことは」
「そうそう、西洋の音楽なんてなかなか聴けませんよ。弾ける人がいるなんてすごいじゃないですか」
そう言ってくれて助かった。
ふぅ…
肩をなるべく動かさず、気づかれないようにため息。
土方さんは納得したのか否か…微妙だけど。
一応、ごまかせたかな…
土方さんの尋問タイムはしんどい…
「なぁ、他にも何か弾けるのか?」
頭の中に浮かんだ曲を前奏から弾き始める。
「♪“
『埴生の宿』
この曲、好き。
とっくに暗譜済み。
“自分が生まれた
田舎の小さな家でみすぼらしいけれど、他のどんなところよりもすばらしい。”
って意味の歌。
「ほう、上手い…」
「良い歌だねぇ。
歌を聴いてしみじみと言う。
元は『HOME SWEET HOME』というイギリス民謡。
この曲のメロディも自然とそういう気持ちにさせるのかもしれない。
離れて暮らしていれば、
万国共通の想い。
平成に帰れるのはいつ?
元の生活に戻れるのはいつ?
ホームシックかも…
考えたらキリがないと分かっていても、切なくて泣きそうになる。
早く帰りたい。
その気持ちに変わりはないけれど。
いつも、どこにいても希望だけは忘れずに持っていたいの。
進む道を明るく照らす星。
ここでわたしに何ができる?
誰も知らないこの世界で。
五線譜を飛び出した音符は消えても。
異国のようなこの地でも、人の心に何かを残すことができる?
この時代に来た意味は何だろう。
あの時、この場所に。
何かすべきだと神様が言ってる気がするの。
それを知りたい。
探したい。
でも。
まだそれは見つかりそうにない。
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