8.義を見てせざるは(一)
幕末に来て、すでに数ヵ月。
今は冬。
会津の冬は雪が多くて寒いけど、京も負けじと寒い。
育った気候とよく似てる。
夏は蒸し暑くて、冬は雪が降り厳しい寒さ。
盆地の特徴だ。
豪雪じゃないのが救いかな。
打ち水、団扇、冷や水売り、火鉢…
すぐに冷える冷房も、すぐに温まる暖房もない時代だけど、昔の人の暑さ寒さ対策には風情すら感じる。
これが今、わたしが住む日本。
一歩一歩時を遡り、歩み寄るように、少しずつ、少しずつ。
こっちの生活にも慣れてきた。
人ってすごい。
こんなにたくましかったんだと、自分がいちばん驚いてる。
それもこれもすべては新選組様様や、八木御一家様様のお蔭。
すっかり素の自分を出すくらい。
でもね。
どうしても慣れないことがひとつだけ。
新選組が人を斬ったと聞くのはやっぱり怖くて。
全然慣れない。
平常心じゃいられない。
これって、慣れちゃいけないことだよね?
わたしは慣れる必要ないよね?
ここは過去の世界で。
あの人たちはそれが仕事…
芹沢先生の一件だってそう。
きっと、好きで人を斬ってるわけじゃない。
“目には目を、歯には歯を”じゃないけど。
務めを果たすため、自分の身を守るため、大切な人を守るために…
そう考えることにした。
じゃないと気が狂って頭がおかしくなりそう。
どう考えても、好き好んで人の命を奪う人なんていない。
初めて人を斬ったとき、どれほど手が震えただろう。
どれほど涙を流しただろう。
どれほど自分を責めただろう。
もしかしたらしばらくの間、全身の震えが止まらずに悪夢に悩まされたかもしれない。
祈っても祈っても消えない自責の念を、一生背負わなければならない。
当たり前だ。
相手が極悪人でも、命を奪うってそれほどのこと。
今では人を斬ることに慣れてしまったかもしれない。
それでも心はある。
表面上は平気な素振りをしていても、心の奥底では人知れず苦悩し、泣いてるはずだもの。
それを表に出してしまったら、新選組の仕事はできない。
みんなは命の重さを知ってる。
口にはしなくても感じる。
家族、恋人、隣人、動物、そして仲間。
自分以外の人を思いやる心を忘れてはいない。
それだけは分かった。
まだ少しの時間だけれど、一緒に過ごして知ったの。
近藤局長、土方さん、山南さん、沖田さん、左之助兄ちゃん、平助さん、永倉さん、源さんの8人は、江戸で局長が営む
と言っても、永倉さんや山南さんや平助さんは、それぞれが違う流派の道場の門下出身で、それぞれに修業を積んできたのだとか。
左之助兄ちゃんは剣じゃなくて槍の人みたいだし。
さっぱり分かんないけど、剣術にもナントカっていろんな流派があるんだって。
局長の試衛館は天然理心流という剣の流派で。
いろんな流派を知る人が集まっているから、それを組み合わせて、より実戦で勝てるようにお稽古するらしい。
とにもかくにも。
流派を超えて集まることはめずらしいのだ。
と、沖田さんが教えてくれた。
斎藤さんの過去は謎のまま。
江戸にいる頃から知り合いだったみたい。
どんな関係かは不明だけど。
話さないのなら聞かなくていい。
どうでもいいって訳じゃなくて、何か事情があるのかもしれないし、言いたくないのかもしれないし、それなら知らなくてもいいの。
今、目の前にいる斎藤さんを知っていく途中なのだから。
わたし、みんなとならやっていけると思うんだ。
生活にも徐々に慣れてきたことだし、お世話になっているみんなをご紹介しましょう。
その呼び名のとおり、わたしがいちばんなついてるのは左之助兄ちゃん。
名を原田左之助さんという。
新選組には“お兄さん”がいっぱいいるけど、その中でも特に兄と慕う人。
血の繋がった兄妹以上に気が合うんじゃないかな?
自慢はお腹の一文字の傷。
すぐに人に見せたがる。
明るくておもしろい人だから、すぐに仲良くなれた。
剣豪揃いの中にいて槍術が得意。
武士道を重んじる新選組の中では異色中の異色の存在で、野性的というか型破りというか。
何せ、わたしと同じ即行動タイプ。
意外にも顔立ちは整っていて、わたしはかっこいいと思うな。
ただ、
現代で言うところの、黙っていればイケメン…というやつだからだ。
でも、わたしはそんな個性的すぎる左之助兄ちゃんが大好き!
決して賢くはないし、大雑把でガサツだけど、心優しくて自分に正直だ。
その心に嘘はない。
当初、突然の呼び名指定をしたのも、わたしを気遣ってのことだと今では思う。
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