5.一寸先は紅のくちづけ(五)
ああ…
家族も友達も元気かな。
こんな奇怪な状況でも生きてるよ、って。
せめて心配しないで、とだけでも伝えたい。
圏外だけど、試しにメールしてみようか?
こっち見てないよね?
左之助兄ちゃんに背を向けて、着物と帯の間からケータイを取り出す。
弟の
カチカチ…慣れた手つき、素早く動く親指。
“元気?何してる?”
…でいいか、ひとまず。
今の状況をメールで説明するのは難しい。
「送信!」
一生のお願い!
繋がって!
“送信できませんでした”
はぁ…案の定エラー。
やっぱダメか…
予測どおりの結果に、ガックリとうなだれた。
「やあ!かれんさん」
「はっ、はい!」
あわあわと慌てたために裏返る声、するりと手から落ちそうになる未来の機械。
セーフ。
何とか握りしめ、後ろ手に隠してニッコリ顔を向ける。
通りかかった局長、沖田さん、藤堂さんに声をかけられた。
焦った…
この摩訶不思議な未来の小型機器、見つかったら何て説明したらいいか。
気づかれないよう帯の間に戻し入れる。
「今から町に出掛けるところでね」
「そ、そうですか。今日は非番ですか?」
「そうなんだ。良ければ一緒に行かないか?」
「京の町を案内してあげるよ」
「ぜひ!まだよく分からなくて」
「今から出れる?」
「あ…わたし、草履を片方なくしてしまって。どうしよう…」
「おい、これ履いて行け」
タイミングよく庭に土方さんが現れ、踏み石の上にかわいらしい草履が置かれた。
「歳、いつの間に」
「草履がねぇんじゃ、どこにも行けねぇだろ」
ぶっきらぼうな口調。
もしかして照れてる?
局長のほうを向いたままで、目を合わせてくれない。
「わぁ…」
紅緋色の鼻緒、白梅の柄。
自分好みの草履に胸がときめく。
「いいんですか?」
「履いてみろよ」
草履を履いて、ぴょんと跳びはね庭に出る。
「乙女、ですね」
「ぴったりです。超カワイイ!」
「気に入ったようだね」
「はい!とっても」
「良かったなぁ、歳。喜んでもらえて何よりじゃないか」
「俺は別に!そんなつもりじゃねぇよ…」
「照れちゃって」
「ありがとうございます。大事にします」
ぺこりとお辞儀をしてお礼を。
「“超可愛い”って、會津のお国言葉?」
「えっ…まあ、そんなみたいな…」
聞き慣れない言葉は何かと疑問に思ったのね。
藤堂さんの質問に苦笑いを。
危ない、危ない。
とにかく気をつけなきゃ。
言動には注意!
思わぬプレゼント?がうれしくて、ついはしゃいじゃった。
キャピキャピする姿に満足したのか、土方さんも少しだけ笑ってる。
…ような気がしただけ、かも?
あ、目が合った。
わたし、何で照れてるの?
赤くなったりしておかしい。
さっきのキスのせいね。
変に意識しちゃうじゃない。
よりによって唇に…
一気に体温が上昇。
思い出して紅潮した顔を手で扇ぐ。
本人が目の前にいるもんだから全然冷めない。
からかわれただけなんだから、動揺することないのよ。
それにしても、江戸時代にキスがあったとは驚き。
昭和の戦後とか、もっと近代的なものかと思ってた。
「あの…土方さん、さっきは殴ってごめんなさい」
駆け寄り背伸びして、耳元で小さな声で伝えた。
それを見た沖田さんが、すかさず攻撃開始。
彼のイタズラ心に火がついたんだ。
「何、何です?」
「何でもねぇよ!」
「ねぇ、かれんちゃん、何て言ったの?」
「ちょっと…ははっ」
「クククッ…さっきの歳の顔といったら…」
「近藤さんっ!」
「近藤先生は知ってるんですか?教えてくださいよ」
「いいから!早く行ってこいよ。日が暮れちまうぞ」
「まだ午前中ですけど」
「俺は仕事だから忙しいんだよっ!」
「はいはい、分かってますよー」
何だか、一度にたくさんのお兄ちゃんができたみたい。
休みの日は暢気に過ごしてるし。
陽気だし。
感覚が違いすぎるのかと思ってたけど、意外とそうでもない。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、警戒心が解けていくこの感じ。
わたしってば順応早すぎ?
よかった。
いい人たちにめぐり会えて。
なんて思っちゃうの。
でも。
暢気なのはわたしのほうだった。
このときはまだ、ちっとも分かってなかった。
みんなの別の顔を…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます