5.一寸先は紅のくちづけ(四)

それに家事があまりに原始的で…


どうにかなんないのかな?


料理とか家事は結構得意なのに、戸惑っちゃっていつもみたいに手際よくできない。



ガスなんて通ってないし。


火打石で火を起こして、火種はなるべく絶やさないようにしておく。



水道もないから水は井戸から汲んでくる。


これが結構な重労働!


片手でひねって水が出るのとは大違い。



ちなみに、八木家にある『鶴寿井つるじゅい』という井戸の水は健康長寿に恵まれるという名水だ。


隊士たちも、お稽古の時に水分補給したりして。


壬生には湧き水が流れているし、水質もいいみたいだから、たしかにおいしいけどさ…



洗濯はゴシゴシ手洗いで。


手は荒れるし、腕も腰も痛い!


洗濯機を発明した人って天才じゃない?


全自動ってすばらしい!



居候させてもらってるから文句言える身分じゃないんだけどね。


炊飯器も電子レンジも食器洗い機さえある世界って何て便利なの!



24時間、1日の時間は同じなのに…たぶん。


要領よくやんなきゃ時間が足りない。


日常がとんでもなく根気のいる作業。



ツライ…


気が重い…


当たり前がないってすっごく大変。



食べ物だって違いのひとつ。


食べられないメニューは多し。



どうにか材料を集めて作れたとしても、外国の文化が入ってきたばかりの時代に「はい、召し上がれ」って出せるわけない。


どうやら卵が高価らしいし、牛乳もアメリカ人が飲んでるのを見て驚愕したみたいだし。



テレビもパソコンもファッション雑誌もマンガも音楽も。


電波ないからケータイも繋がんないし。



一体、何を楽しみに生活すればいいの?


どうにかなるなんて甘く見てた。



“三種の神器”とはよく言ったものね。


今まで当たり前過ぎて、その良さを感じたことがなかった。


今となっては感謝感謝。


すべてが恋しい。


ここの当たり前は、わたしには当たり前じゃないんだもん。



あ、そういえば!


ひとつ分かったことが。



あのお揃いの羽織の色。


水色じゃなくて“浅葱あさぎ色”って言うんだって。



浅葱色は武士が切腹するときのかみしもの色で。


偶然なのか何なのか、ここ壬生村は壬生菜の他に藍の産地で、その壬生の藍で染めた水色は『壬生の色』なのだそうだ。


袖の白いギザギザは“ダンダラ模様”と言うらしい。


何でも、近藤局長が好きな忠臣蔵の赤穂あこう浪士の揃いの羽織をモデルにしたんだとか。


真っ赤な隊旗には、ダンダラ模様と大きく“誠”の一文字。


赤は嘘偽りのない真心、誠は幕府や会津への忠誠心の意味があるんだって。



そんなの正直どうでもいい情報。


しかもあの羽織、芹沢先生が裕福な商家からカツアゲしたお金で作ったみたいだし。


あ~!やだやだ!


桶に張られた汚れた水に映る顔が、ため息を漏らす。


部屋の片隅に置いた箒と叩きを眺め肩を落とした。


うぅ…掃除機…



「すいません、原田さん。ここ、拭いても…」


「いいから、いいから」



ニカッと笑って再びゴロゴロ。


これが大切な日課らしい。


いいな、暢気で羨ましいよ。



仕方なしに、寝そべる彼を避けてその周りを拭いてゆく。



「原田さんは…」


「何て他人行儀な。左之助って呼べよ」


「できません!さすがに呼び捨ては…」



いきなり飛び起きて、名前の呼び方の提案。



「じゃあ“左之助さん”でどうだ?呼んでみろ」


「左之助さん…」


「んー何か違うな…ほんじゃ、“左之様”!」


「左之様?」



別に呼び方なんて何でもよくない?



「…そうだ!俺を兄と慕い“左之助兄ちゃん”と呼べ!」


「左之助兄ちゃん…?」


「うん、いいな!それでいこう!」



左之助兄ちゃん…は鼻歌を歌いながら、三度ゴロンと横になった。



訂正。


このほうがわたしにとってもいいのかも。


もっと仲良くなれそうで。


最初の読みどおり、この人、左之助兄ちゃんとはうまくやっていけそうだわ。




「おい…」



ぼそりと低い声の主に肩を叩かれた。



「はい…何でしょう?」


「お、ハジメ」


「…あれ、干したのはあんたか?」


「洗濯物?そうですけど」


「…もっとこう、布の端から端までシワのないようピンと伸ばせ」


「あれじゃダメですか?」


「…乙」


「おつ?お疲れ…さま?」


「あれでは早く乾かん。日光と風が通るよう、今少し間隔を空けてくれ」


「はぁ…直しますね」


「いや…俺が。手本にしてくれ…」



庭に直行、黙々と手際よく干し直す。


丁寧に干したつもりだったんだけどな。


アイロンらしきものってないの?



「あいつ、洗濯にはかなりのこだわりがあるんだ。意外だろ?」


「これはアイロン要らずね」


「アイロン?」



カリスマ主婦も驚きの技に感心し見入る。



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