6.月のない夜には君の名を(一)
芹沢鴨が死んだ。
わたし、恐ろしいものを見てしまった…
全身の震えが止まらない。
恐怖しかない。
一晩中、布団の中で震えていた。
その夜はすごい雨だった。
これから起きる出来事の激しさを予感させるような大雨。
夜中にふと目を覚ました。
人はみんな寝静まり、ザーッという雨音だけが聞こえる。
「すごい雨…」
“バケツをひっくり返したみたいな雨”
って表現はこのことだろう。
少し寒い。
こんなに雨降ってるけど、昔の家って雨漏りしないの?
大丈夫かな?!
またもやお気楽能天気なことを考えながら、階段を下りてトイレに向かう。
トイレは“
わたしが借りている部屋は八木家の2階。
部屋には窓がない。
襲撃されたときに逃げられないから、隊士は使えないみたいで。
フンフン♪と鼻歌を歌う。
実はトイレにひとりで行くのが怖いの。
子供みたいだけど、電気がないし真っ暗なんだもん。
何かあったら…って思うとゾクゾク鳥肌が立っちゃう。
ちょっとだけ不安がよぎる。
嫌な予感、とまではいかないけど。
何て言えばいいんだろう。
胸がザワザワして鼓動が速まる、この感じ。
変なことは考えない、考えない。
いつもと同じ。
オバケも何もいない!
トイレを出ると、知らない女の人とすれ違った。
髪が少し乱れてる。
気だるい雰囲気、エロく肌けたお姉さん。
芹沢さんたちが呼んだ遊女さんだ。
わたしのことを横目でなめるように見る。
何よ。
何か、ヤな感じ。
ガタッ
部屋に戻ろうと階段まで来たとき、物音がした。
何…?
やだ…
ホントやめてよ…
次の瞬間。
何かにぶつかったような、さらに大きな物音。
空耳じゃない。
雨音の中でもはっきりと男の人の声を聞いた。
悲鳴…?!
「何なの…?泥棒?」
ただならぬ雰囲気。
階段脇の戸の向こうで、確実に何かが起きてる。
心臓がドクンドクンと激しく高鳴る。
少しだけ、覗いてみる…?
何が起こってるか分からない恐怖にためらい、障子戸から一度手を離す。
ひとまず深呼吸。
思い切って、そーっと少しだけ障子を開けた。
顔は出さずに、まずは目だけで周囲を確認。
暗がりの中、キョロキョロと目玉を左右に動かす。
今、この家の中で一体何が起きているの…?
大きな物音に悲鳴。
冷静ではいられない光景が頭をよぎり、嫌な緊張が走る。
半端じゃないほどの恐怖感。
さらにさらに心臓の音が大きく、速くなる。
恐怖も緊張も最高潮。
人の気配。
誰かが部屋の中を激しく動き回る音がする。
どうか、犬とかタヌキとかでありますように…
「キャー!」
「どうか…やめとくれやす…」
ビクッ!
女の人の悲鳴に震え上がる。
この騒ぎの侵入者はケモノじゃないと確信した。
「誰かぁぁ…」
悲鳴が途切れた?!
夜這い?
強盗?
殺人事件とかじゃないよね…?
ピカッ
漆黒の闇夜に強い光を放つ。
雷?
稲妻の方を見たとき、凄まじい音が地上に鳴り響いた。
「ひゃっ…」
小さく声を出してしまうミス。
慌てて口を押さえる。
天地がひっくり返るかと思うくらいの雷鳴。
ゴロゴロなんてかわいいもんじゃない。
雨音、雷。
耳をすます。
よく見えないから、耳に聞こえる音で確認する。
刀の音?
これ、斬り合いしてる音だ。
暗くて分からないけど、何人かいる。
刀の音と、男の人の声、息づかい。
そして…
低いうめき声がすると、その後は嘘のように静まりかえった。
それが不気味過ぎて気持ち悪かった。
足音が大きくなる。
足早にこちらに向かってくる。
今からわたしの目の前を通りすぎるんだろう。
気づかれてないと思うけど、見えないように身を縮めた。
一度目を背けたものの、怖いもの見たさというか…変な好奇心が先走り、暗闇に紛れたまま息を殺して、また戸の隙間から覗いた。
止めておけばよかった。
心の底から後悔することになるから。
再度、稲光が瞬間的に闇の中で冴えた。
ウソ…!
ウソでしょ…
自分の目を疑った。
彼らが立ち去る瞬間、そのうちのひとりと目が合った気がした。
眼光鋭く、睨みつけるように周囲を見渡す人。
誰にも見られていないか確認してから、いちばん最後に部屋を後にした。
今のは…
土方さん…?
それから…
沖田さんと、左之助兄ちゃんと…
山南さん…?
ウソ…
信じられない…
ここで何してたの?!
目を見開いたまま固まる。
動けない…
地面に根をはり、足から凍りついたみたいに体が動かない。
何が起きてるのか、土方さんたちが何をしていたのか、その場で茫然と考えていた。
縛られて凍りついていたのに、今度は全身を襲う脱力感。
力が入らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます