6.月のない夜には君の名を(二)
騒ぎが聞こえて、見に来ただけかもしれない。
ここへ飛んで来たら、すでに事件が起きた後だったのかも。
ううん。
たぶん、そうじゃない。
うすうす気づいてた。
予想はつく。
だけど、そんなことは絶対にないと信じたい。
4人が完全に立ち去ったのを確認し、恐る恐る障子戸を開けて隣の部屋の様子を見に行く。
その部屋は芹沢一味の部屋。
心臓を押さえる。
きゅっと着物の胸元を握った。
だんだんと暗闇に目が慣れてきた。
少し歩いて立ち止まり、恐ろしい状況に息を呑んだ。
人が…人が倒れてる…!
「きゅっ、救急車…」
救急車なんてないんだった。
警察…それはダメだ。
病院!
お医者さん呼んだほうがいいんだろうか。
遊女さんたちは?
さっきすれ違った人は無事なの?
「せ…せり…」
動かない…
ピクリともしないんだけど…
この人は…生きていないのだろうか?
「芹沢…先生…?今どちらに…」
声をかけても何の反応もない。
この匂い…
雷鳴轟く中、畳や布団に黒い染みが見えた。
これ…血…!
腰を抜かしてがくっと倒れこむ。
床についた手も腕も足もガクガクと震える。
なぜ、ここでこんなことが起きてるの?
みんながやったの…?
体に思うように力が入らなくて立ち上がれない。
怖い…怖いよ…
這うようにして部屋に戻り、泣きながら頭から布団をかぶる。
震えが尋常じゃない。
手を押さえつけても震えは止まらない。
何でこんなこと…
見てしまった。
ただの泥棒だったらよかった…
本当にあの芹沢鴨が…?
あの人たちは生きてない…と思う。
斬ったのは、たぶん…
温厚な山南さんからは想像もできない。
無邪気な沖田さんもいない。
左之助兄ちゃんの明るい笑い声もなかった。
土方さん、何でこんなことしたの…?!
命を奪うなんて。
よく思っていないとはいえ、あの人たちだって仲間じゃないの?
怖くて怖くて、一晩中震えていた。
震えも涙も止まらなかった。
わたしは何も見てない…
そう。
これは夢。
夢だって言って!
初めてここへ来たときみたいに、悪い夢であることを望んだ。
朝までそう祈り続けていた。
翌朝。
雨は上がり、晴れ晴れと青い空が広がっている。
気持ちのいい、澄んだ空気。
空を仰いだら、眩しすぎて手をかざした。
ウソみたいだ。
大雨も雷も。
あの事件も。
昨日あんなことがあったなんて…
わたしの心は動揺がおさまらない。
どしゃ降りのままで気が塞いでいた。
「おはようございます…」
「おはようさん」
朝食の準備を手伝う。
トントンと素早いリズムで野菜を切る八木のおばさんの横顔をチラリと見た。
おばさん…
昨日の夜こと、気づいてる…よね?
怖くて聞けなかった。
おばさんも何も口にしなかったから。
「かれんちゃん、近藤はんらの
「はい…」
「そろそろ皆に声かけたほうがええんとちがうか?」
「そうですね…」
嫌だな…
あんまり顔見たくないかも。
どう声かけていいのか。
気が重いな。
一言めは何て言おう。
八木家の母屋と離れの間にある道場“文武館”。
大きな声が飛び交う。
剣術の朝稽古中、みんなの様子にも変わりはない。
いつものように汗だくで。
いつものようにハツラツとして。
いつも以上に熱心にお稽古してたのかもしれない。
入口から顔だけ少し出して中を見る。
「おはよう」
「きょ、局長…おはようございます…」
命令したのは局長…?
「おはよう!腹ペコだよ」
「朝食の準備ができてます…」
いつもと変わらないあの沖田さんだ。
何で平気なの?
そんな笑顔を向けないで。
人が死んでるのに…
自分たちで手をかけたのに…
笑顔がひきつらないように必死で。
すごく不自然だったと思う。
「顔色が悪いよ」
「いえ…大丈夫で…」
くらくらする。
立ちくらみかな?
背筋に悪寒が走り、おでこにうっすら冷や汗。
あれ…?
星が飛ぶ。
全校集会で貧血起こしたときみたいなあの感じ。
目の前がチカチカして、真っ白になっていく…
「かれんちゃんっ!」
意識が飛んだの?
これを機に、今度こそ元の世界に戻れないかな。
目を覚ましたら、今度こそ。
良くしてくれた八木一家と局長には申し訳ないけど。
最初から優しくしてくれた山南さんと井上さんにはすっごく感謝してるけど。
沖田さんと藤堂さんとは話も合うし、左之助兄ちゃんと永倉さんとは結構仲良くなれたとこだったけど。
やっぱ無理なの。
この時代じゃやっていけない。
わたしは平成生まれの現代っ子だから。
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