6.月のない夜には君の名を(三)
ゆっくりとまぶたを開く。
目覚めたら、部屋の布団の中。
体を起こすと、ぬるくなった手ぬぐいがおでこから落ちた。
少しだるい。
「あら、目ぇ覚めたんか?しんどないか?」
「おばさん…」
「急に倒れたんで驚いたわ。丸一日寝てたんよ。お医者様に診てもろたんやけど、軽い心労やって」
「すみません…」
「毎日よう働いてくれはるさかい、知らんうちに無理してたんやろなぁ」
体が熱いのに暑さは感じない。
鳥肌が立つほどの悪寒。
ストレスから熱を出したようだ。
タイムスリップという非日常。
知り合いもいない慣れない環境。
もとの時代に戻れないかもしれないという漠然とした不安。
決定打となったのは昨日の出来事…
わたし、まだ幕末にいる。
「病んでる時に言うのも何やけど…。今日は芹沢はんらのお葬式なんよ」
「お葬式…?」
「昨晩、刺客に襲われたんやて。あないにどえらい物音で…なんちゅうこっちゃ」
「刺客に…」
「會津藩のお偉いさんも葬儀に参列しはるんよ」
そっか…
自分だけの悪夢ではなく、現実であることに間違いないみたいだ。
「お手伝いしなきゃ…」
布団から出ようとすると慌てて制止された。
「あきまへん!」
「平気です…あ…」
「ほれ見んさい。まだ無理はあかん」
「でも、忙しいのに…」
「ゆっくり休んで疲れとりや。お医者様かてそう言うてたさかい」
枕元には水の入った桶と薬。
その隣には持ってきたばかりの飲み水。
「こっちのことは気にせんでええんよ。今は言うこと聞いとくれやす」
「すみません…」
「早う横になりよし」
目眩を起こした体を支え寝かせると、顔まで被せて布団をかけてくれた。
「大人しく寝るんよ。体、大事にせなあかんえ」
「はい…」
急に睡魔に襲われ、目を閉じたらすうっと眠りについた。
そして、再び目が覚めたときにはすでに陽が落ちて暗くなっていた。
もう夜だなんて、そんなに眠ってた?
まだ頭がぼーっとするけど、薬が効いたのかだるさはない。
熱も下がったみたいだ。
起き上がり、汗を拭いた。
聞こえる。
お経、木魚の音。
あ、お線香のにおい。
かすかにこの部屋まで届いてくる。
目をとじ、手を合わせた。
勝手に唇が震える。
涙が一筋、こぼれて落ちた。
感情が不安定でコントロールできない。
おかしいな、こんなこと。
半開きの目のまま、バサッと大の字に寝転がる。
芹沢先生たちの死の理由は、長州藩からの刺客に襲われたことになっているらしい。
廊下からそう噂話をする声が耳に入った。
会津藩お預かりの名を利用した日頃の行いの悪さ、乱暴狼藉、非道な振る舞いの数々。
実は、それを見かねた会津藩からの暗殺指令だったとも。
頭おかしいんじゃないの?
人を斬って死なせて、その後いつもどおり普通の生活に戻れるなんて。
考えられない。
命に対する感覚が違いすぎる。
そうだ…
土方さんが言ってたっけ。
普段は普通に生活をして笑っていても、何かあったときにはためらわず人を斬る…って。
今いるのはそういう時代。
ここはそういう世界だ。
甘かった。
覚悟してたはずなのに、できていなかった。
心のどこかで、こんなすぐそばで起きるわけないって思ってたんだ。
何度考えても、わたしはこの時代の人間じゃない。
この時代の人間にもなれそうにない。
人斬りが当たり前で。
血で血を洗う凄惨な出来事も隣り合わせの世界。
わたしに耐えられる?
耐えられない…
耐えられるわけなんかない。
今すぐもとの時代に帰りたい…!
他には何も望まないから。
早く現実に戻して…!
もしも、戻れなかったら?
一生このままだったら…?
その時はどうしたらいいの?
こんなとこで一生過ごすなんて、夢も希望も持てやしない。
最悪よ…
ゆっくりと起き上がる。
顔を伏せ、体育座りでうずくまった。
何でこんなことになっちゃったの?
わたしの人生、絶望的。
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