4.憂鬱の浅葱色(二)

「そーれは……う…ウワサです!ウワサ!」


「噂?」


「み、壬生の浪士組には凄腕の剣士がいるらしい、っていう…」


「ほう、そんな噂が」


「早くはないか?京に来て数ヶ月だぞ」


「あー!それに!女の子が騒いでますから。颯爽とした素敵な殿方だと口を揃えて…お会いしてみて納得です」


「なるほど」


「私の腕前が知られるなんて、やる気が出るな」


「これは天然理心流てんねんりしんりゅうの名を広める良い機会かもしれませんねぇ」



焦った…


何とかピンチを凌げた。


余計なこと、迂闊に喋らないようにしなきゃ。



「そうかねぇ」



さっきからひとり、どうも納得がいかない表情の土方歳三。


手強い…



「近藤先生、一層剣の道に精進します!」


「宜しく、頼んだぞ 」


「それで?君はいくつ?」


「19です」


「私の二つ下か」



ふーん、沖田総司は21か。



「そうか、随分若く見えるな。てっきり十五、六かと思ったよ」



ここでは天保てんぽう15年の生まれということになった。


天保って、笑っちゃう。


“天保の改革”の天保よね?



教科書で見て思ってたけど、昔の人って実年齢より上に見えるのよね。


若い人も老けてる…いえ、落ち着いている。



そういや、写真で見たことがあるのは近藤勇と土方歳三だけ。


沖田総司っていったら、マンガでもドラマでも“美青年の天才剣士”って設定がお決まりで。


必ずイケメン俳優が演じるもんね。


土方歳三のような美形っていうよりは、爽やかアイドル系かな?


ホンモノも美青年に違いはない。



他に名前を聞いたことあるのは…


あ!


斎藤はじめって人いたよね?




「住み込みも決まったことだし、八木さんに挨拶に行こうか」


「八木さん?」


「この家のご主人だ」



そっか、ここは屯所として間借りしているから、元々の住人も今までどおり生活してるんだ。



どうやら、私が運び込まれたのは八木家の離れで、その30~40m先に母屋があるようだ。


何か、現代の八木邸よりもかなり大きくない?


敷地も広いし、何坪あるんだろ?


近藤勇に連れられ、当主である八木源之丞さんと奥様のまささんにご挨拶。


局長の話によると、室町時代から壬生に住む旧家で、壬生村の経営や壬生狂言の公開にも携わる地元の名士らしい。


そのお家柄のためか、幕府のお役人とも繋がりがあって、さらに家も大きいことから、浪士組を受け入れることになったとか。



近藤勇に連れられ、当主である八木源之丞さんと奥様のまささんにご挨拶。



「そうどしたか。かいらしい子が健気どすなぁ…なぁ、あんた」


「ひとりやふたり増えたとこで変わらんやろ。もう好きにしぃや」


「よろしいのですか?」


「あんたはんは女子おなごやさかい、特別やで!近藤はん、勘違いしたら、あかんえ?」


「はぁ…八木さんにはすっかりご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ない限りです」


「かれんはん言いましたな?ま、困った時はお互いさんどす」


「慣れん土地で大変でっしゃろ。父や母と思うて頼っとくれやす」


「ありがとうございます。一生懸命お手伝いさせていただきます」



深々と丁寧にお辞儀を。


この様子だと、壬生浪士組のことは快く思ってないみたいだけど。


何はともあれひと安心。


親切に受け入れてくれたご夫婦に感謝です。


何だかんだ言ってたけどいい人そうだし。


よかった、普通の感覚の持ち主がいてくれて。



「じゃあ、次は」


「次?!」



まだあるの…?!



お次は他の隊士たちにご挨拶。


道路を挟んだ八木家のお向かい。


前川さんのお宅を借りた屯所に移ると、すでに大勢集まっていた。


こちらも広くて、何部屋あるのか大きなお屋敷。


たぶんお金持ちで相当の財力の持ち主なんだろう。


前川家のご主人は掛屋かけやという公的なお金を融通、両替したりする現代でいう金融業者で、御所、京都守護職、京都所司代、奉行所、さらには大阪城などにも出入りして出納を担当しているそうだ。


いわゆる役場のような仕事も引き受けているとか。



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