4.憂鬱の浅葱色(三)

浪士組の面々から一気に視線を浴びる。



「こちら秋月かれんさん。今日より住み込みで働いてもらうことになった」



ここには一体何人いるわけ?



「くれぐれも、変な気を起こさぬように!」



男子校ってこんな感じなのかな?


野獣みたいな集団だったら…どうしよう!



「どうした!ボーっとして」


「わぁっ!」


「永倉さんが急に声かけるからビックリしちゃったじゃないですか。ごめんね」


「すまん、そんなに驚くとは」


「無理ないですよ。男ばかりだから驚くでしょう」


「あ…あの、さっきの?」


「ああ、覚えてたか!さっきは災難だったな」


「かれん!」


「は、はい?」


左之助さのすけ、いきなり馴れ馴れしすぎやしないか?」


「いいんだよ。このほうが早くお互いを知れるってもんだろ」


「たしかにそうかも…」


「會津の出身なんだって?」


「はい」


容保かたもり様と會津にはお世話になってるからね。今後ともよろしくね、かれんちゃん」


「いえいえ、こちらこそ」



彼らは永倉新八しんぱちさん、原田左之助さん、藤堂平助さんと言った。


さっきの夕方の斬り合いで、土方歳三と一緒にいた3人だ。


仲いいのかな。


この人たちと沖田総司とはすぐに仲良くなれそう。



「會津といえばよ!俺の故郷ふるさとの伊予松山と少なからず縁があるんだぜ。加藤嘉明公って槍の殿様がいてな。槍使いとしては尊敬しちゃうね!」


「カトウヨシアキ…?」


「知らねぇか?あの賤ヶ岳しずがたけの合戦で功名を上げた“賤ヶ岳の七本槍しちほんやり”のひとりだ」


「ああ!織田信長亡き後、豊臣秀吉と柴田勝家が戦った戦だな」


「天下分け目の関ヶ原の戦の後に、松山二十万石の藩主になったんだ。そんでその後、加増移封で會津四十万石の藩主になったんだぜ」


「松山から會津に国替えになったのか」


「昔も今も同じ殿様の下で働いてんだ。俺とお前は志同じくする仲間だな!」


「はぁ…そうですね」



わたしにはここでの志とかないけど。


あ、でもこの人たち、意外と学があるのね。



「縁ついでに、俺の腹の刀傷、見るか?」


「左之、やめとけ」


「毎回毎回、いちいち見せなくていいですよ」


「何ですか?」


「おっ!見たいか?」


「見たいです」


「お前、話の分かる奴だな!」


「かれんちゃん、話に乗っちゃうんだ」


「また始まるぞ…」



肌脱ぎをして自慢気にお腹を見せる。


腹部を横断するように残る一文字の傷痕。



「この腹の傷はなぁ、昔俺が切腹しようと腹を斬ったときの傷なんだ」


「切腹?!切腹したんですか?」


「そうだ」


「何で生きてるの?」


「俺はそのへんのヤワな奴らとは体が違うんだよ!」


「信じられない…」


「不死身だから、“不死鳥の左之”とでも呼べ!」



ダサっ!


気さくな人柄に笑みがこぼれる。



人を斬ってるなんて信じられないくらい、明るくて楽しくて優しい人たち。


普段は普通の人、だよね?



ふと目をやると、柱の前に黙って座る人。


不思議なオーラがあるというか、独特の雰囲気というか、何というか。


黙っていても人を惹き付けるような。



着流すことなく、着物をきちんと着てる。


きっと几帳面な人なんだろう。



「あの人は?」


「あいつは斎藤一」



あの人が!



「おい、ハジメ」



あ、流し目。



「お前も来いよ」


「いや、俺は…」



返ってきたのは、聞こえるか聞こえないかギリギリのボソッとした声。


少しだけ笑って目をそらした。



ひとりが好きなのか、それとも無口なのか、シャイなのか。


物静かで神秘的。


ミステリアスとかアンニュイって言葉が似合う人だなぁ。




それにしても。


ここは今まで教科書やテレビでしか知らなかった世界。



“泣く子も黙る新選組”


とか何とか言われる予定の人たちみたいだけど、わたしと年が近い人もいるらしい。


年が近いって言っても、実際はものすごい年の差だけど。



戦国時代から一転、約260年も戦のない天下太平が続く徳川様の世、江戸時代。


そんな時代も終盤に差しかかった、今や幕末。



幕末って鎖国も終わっていろんな思想の人が出て来るわ、徳川幕府に味方するだの倒すだのでモメにモメてた時代でしょ?



物騒なイメージ。


早速巻き込まれたしね。


世界でも指折りの安全な国、現代日本じゃ考えられない治安の悪さだわ。



国の未来とか、幕府とか。


思想のために自分の命を懸けるなんて、想像もつかない。



戦争もない平和な平成の日本じゃ、そんなこと思う人、ほとんどいないんじゃない?


仕事に熱中することとは意味が違うもの。



愛国心とかニュースでやってた時期もあったけど、正直そんなの深く考えたことはない。



オリンピックやワールドカップで日本代表を応援するとか。


ノーベル賞やコンクールで日本人が賞をとったと喜ぶとか。


宇宙飛行士に選ばれたとか。



日本って意識するのなんて、そのくらいだと思う。



わたしなんて、今まで暢気にのほほんと生きてきた。


自分と、自分の周りの人の幸せをいちばんに願ってきた。


それじゃダメなの?



この時代に生まれれば、女であるわたしも何かしら思想を持ったんだろうか。



ここにいる人たちもそうなの?


貫くべき思想や信念を持って生きているの?



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