4.憂鬱の浅葱色(四)

ともかく!


タイムスリップ、なんてよく分かんないことに巻き込まれちゃったけど、飛ばされたのがここでよかったのかもしれない。


生まれ育った会津と少なからず関係がある。



長州の人たちのとこにでも飛んでたら、とんでもない!


もっとありえないことになってた。



真っ向から対立するふたつの藩。


そこで、会津から来ましたとか言ったら、スパイ扱いされて殺されてたかも…


それが冗談でも事実でも。


考えただけでゾッとする。


不幸中の幸いってやつ?



もちろん、すべて安心ってわけじゃないし、一刻も早く現代に帰りたいんだけど…


現代へ帰る方法は探し続けるしかない。


って言ってもどうやって?!



このまま帰れなかったら、失踪事件になっちゃうんじゃ…


捜索願いとか出されてたらどうしよう!



うーん…


ここでやっていけるんだろうか。



現代とは考え方が違うって以前に、生活スタイルだって違う。


比にならないくらい原始的なんじゃ…


はぁぁぁ…


お先真っ暗だ…


こんな異世界での今後の人生なんか考えたくもないのに。


絶対絶対絶対、何としても戻らなきゃ!



ひとまず、ここに置いてもらうには何だってできることはやるしかない。


ウソでもあんだけ会津のためにとか言っちゃったし。



無意識に腕を組み、首を傾げて考えていた。



新選組は会津藩主であり、京都守護職の松平容保かたもりお預りとして働いてるのよね。


そのくらいわたしだって知ってる。


一応、会津若松出身ですから。



今までに何度も見た松平容保の写真。


「昔の人にしてはイケメンだ」とか。


「綺麗な顔立ちのいい男」とか。



地元の人も他県の人も。


みんな、そう言う。



英姿颯爽。


誉れ高き風采。



学校では『会津の歴史』を勉強済みだし、日本史だって人並みには知ってるつもり。


会津と新選組が深い関係だってのも分かる。


もちろん結末も。



と言っても、新選組自体が何をしたかと聞かれれば答えられないんだけれども。




忘れちゃいけないのは、ここが幕末だってこと。


教科書的に言うと“激動の時代”。



山南さんは文久3年だと言ってたけど…


今って西暦何年?!


明治まであと何年?!


文久って言われてもなぁ…


どうにか西暦を入手したい。



あ、そうだ…!


山南さんは10年前にペリーと黒船が来航したと言ってたっけ。


ハリスの将軍謁見も、日米修好通商条約も、安政の大獄も、桜田門外の変も、すべて10年以内に終わったって。


えーと…


“開国はイヤでござんす黒船来航”は1853いやでござん年。


“いやこわい、不平等条約”、日米修好通商条約は1858いやこわ年。


“いっぱいごくにつながれた安政の大獄”は1859いっぱいごく年。


からの、“井伊いい無礼ぶれいと桜田門外の変”は1860いいはぶれい年。



今は1863年!


たしかに、年号的にもすべて10年以内の出来事だ。



“慶喜むなしい大政奉還”が1867むな年。


その次の年に戊辰戦争と、明治の五箇条の御誓文ごせいもんで1868年だから…


明治まであと5年!


よしっ!


割り出せた!


のはいいけど、The幕末にいるのは変わらない…



何にしてもこれから起こる出来事を知ってるなんて、口が裂けても言えないわ。


ヘタに動いたら命を落としかねない。


せっかくみんなと仲良くなりかけて、信頼関係を築いてる途中なんだもん。



まぁ…未来から来た、なんて言ったところで信じてもらえなそうだし。


現に自分自身が未だ信じられないんだから。



でもね。


たとえば、これから起きる出来事を言ったら歴史は変わっちゃうのかな?



突如現れた、素性もよく分からないわたしに良くしてくれる人たちを思うと複雑で…


この人たちの未来は明るいものではない。


それを知ってるのに。


未来を伝えなくていいんだろうか。


言わないことが正しいことなんだろうか。



どうすればいいんだろう…


歴史を知るわたしには何ができるんだろう。




「住み込みで女が働くことになったって?」



何…?


酔っぱらい?


我が物顔で部屋に入って来た。


絡まれたら絶対めんどくさそうな人たちだな。



「どこだ?顔を見せろ」



あらら?


場の空気がピリっとしたような。



「…誰ですか?」



小声で隣にいた永倉さんに聞く。



「芹沢鴨…壬生浪士組筆頭局長だ」



と教えてくれたものの、ちょっと厄介そうな顔をしたのは気のせい?



「カモ…?」


「お酒が入った芹沢さんには気を付けてね。酒乱だから」


「酒が入ってねぇ時なんかあんのかよ」



鳥の鴨?


お城のお堀とか、猪苗代いなわしろ湖でよく泳いでる、あの鴨?


おもしろい名前。


って、人のこと言えないけど。


たぶんわたしも思われてるんだろうな、幕末の人たちから。



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