4.憂鬱の浅葱色(五)

わたしの存在に気づくと、ドカドカと足音を立ててこちらに近づいてくる。



「芹沢先生!秋月かれんさんです。今日からここで働いてもらいます」



慣れた様子で、空気を察した近藤局長がさっと出る。


ニコニコと満面の笑み。



対して、俺に断りもなく…という雰囲気。


すごい威圧的。



対照的なふたりの局長。



「名のとおり、可愛い顔してるじゃねぇか」



そりゃ、どうも!


とか何とか言って、顔を近づけてきて触ろうとするとかありえないから!


お酒臭い…


それをかわそうと顎を引き顔を背けた。


厄介そうなのは気のせいじゃない、100%!



「芹沢鴨だ。ここで暮らすなら覚えとけ」


「…鳥の鴨、ですか?」


「そうだ」


「お互いめずらしい名前ですね…」




動じたら負けだ。


目をそらしたら負けだ。


がんばれ、わたし。


顔が引きつる。


完全なる作り笑い。



「以後、お見知りおきを。お嬢さん」



うつむいたわたしの顎をクイッと持ち上げ、強制的に目を合わせる。


イヤッー!


やめて、おっさん!


21世紀じゃ立派なセクハラだからね!


それに顎クイと、ついでに壁ドンは“イケメンに限る”んだから!


いい加減にしてっ!



で、反抗的な態度。



「わたしはっ!女を商売にしてるんじゃありませんっ」


「何?」


「おいっ!かれんっ!」


「い、いけませんか?」



肩に手を回し、顔が余計に近づく。



「ふん、気が強いのがいい。酌をしろ」



はぁ?!


何様?


なんでわたしがお酌しなきゃいけないわけ?


逆効果だった?


命令口調にイラッとするけど、空気を読むのも大事よね。


酒乱って言ってたし、暴れられてみんなに迷惑かけるのも申し訳ないし。


ここは言われた通りにしておこう。



「うまい」


「芹沢先生、私にもお酌をさせてください」


「そうか、土方君」


「はい…」



芹沢鴨とわたしの体が離れた隙に、土方さんが間に割って入る。



あれ…?


もしかして助けてくれた?



「先生!私もご一緒させてください」



沖田さんも…ありがとう!



「お前、なぜ離れる?こっちへ来い」


「いえ…遠慮します。先生の隣だなんて滅相もございません…」


「いいから来い」



だから嫌なんだってば!



「あ!これは何ですか?」



とっさに芹沢鴨の横に置かれた扇子を指差し、話をすり替えた。



「これは鉄扇てっせんだ。持ってみろ」


「わっ!重っ!」


「そうだろう。女子おなごの細腕ではそう思うのは当たり前だ」


「こんな重いものを軽々と?」



今度は腕を掴んで太ももを触る。



「お触り禁止です!」


「何だと?」


「か、かれん!」



静まり返る部屋。



「せっ、芹沢先生は女の人におモテになるでしょうから、勘違いされて刺されたりしたら嫌です…」



あんなにドンチャンしてたのに、今は嘘のようにシーンとして誰の声も聞こえない。


まずかった…かな?



「はっはっはっ!」



と思いきや、笑い出した芹沢鴨。


連なるように、芹沢一味も笑い声を重ねた。


大きく響き渡る。



「度胸のある娘だな」



持っていた瓢箪の徳利から注がれるお酒。


おもむろに手渡された。



「飲め」



断るとこの後が面倒くさそう…


数秒間の躊躇の後、それを一気に飲んだ。



「威勢がいい」



満足気に笑いながら、一味を引き連れてどこかへ消えて行った。



やっと終わった…


拷問だったわ。



「気に入ったみたいだぜ、お前のこと」


「冗談やめてよ!」



やば、心の声が漏れた…



「あ…すみません。あの、それはそれで、ちょっと…」



勘弁してよ。


ちょっとどころか大変迷惑だ。



台風が去り、ふぅ~っと大きなため息をつく。


疲労感で少し痛む肩を押さえた。


先が思いやられるなぁ…



「すまないね、大丈夫かい?」



近藤局長が気遣ってくれた。



「大丈夫です…」


「驚いたなぁ!芹沢さん相手にあんなこと言うなんて」


「まったく、ヒヤヒヤしたぜ」


「心臓が止まるかと思いましたねぇ」



ちらっと土方さんを見る。


言わんこっちゃない、俺は知らない、といった表情で目をそらした。



土方さんはいつでも落ち着いていてクール、らしい。


他の人と違って近寄りがたいんだよね。


慣れるまでに時間がかかりそう。



隣に腰を下ろした沖田さんが、こそっと耳打ち。



「かれんちゃん、土方さんはね、ああ見えて実は優しいところもあるんだから」


「はぁ…」


「関係ないふりするのは得意なんだ」


「もしかして、さっきわたしを守ってくれたんですかね?」


「さぁね」



明確な返事はなく、キラキラの天使の笑顔だけ。


そんな彼に愛想笑いを返した。



ほんっっっとに、もうイヤ!


限界!



明日の朝、目が覚めたら、もとの世界に戻ってますように!


お願いだから、夢なら早く覚めてぇぇぇ!





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