5.一寸先は紅のくちづけ(一)

「土方さん」


「……zzz」


「土方さーん」


「………」


「土方さん!土方さーん!」


「うるせぇな…」


「起きてください。朝ですよー!」


「うるせぇ…朝からギャーギャー騒ぐんじゃねぇ」


「あっ!ちょっと!寝ないでください!」



掛け布団を頭からかぶり、わたしの声をシャットアウト。


負けじと布団の上からゆさゆさ、体を揺する。



このやりとり、これで何回目だと思ってんの?!


見た感じ寝起き悪そうだけど、ホントに…寝起きが悪いにもほどがある。



ここに置いてもらうために、何でもしますとは言った。


間違いなく言ったけど、何で土方さんのお世話係しなきゃいけないのよ!


わたしはメイドじゃないのよ!



わたしだってもっと寝たいんだから。


誰のせいで早起きしてると?


毎朝この仕事のためだよ。


わたしの朝の時間を返して!



枕元には刀。


見るたびにがっかりと肩を落とす。



今日も帰れない。


いつになったら帰れるのかな…



それより今は。


肩で大きくため息。



「よしっ」



こうなったら実力行使しかない!



「朝稽古に遅れちゃいますよ!せーのっ!」


「馬鹿…!」



うんざりして無理やり布団をはがす。



「ひゃ…!」



浴衣がはだけて、寝起きだっていうのにセクシー。



慣れてなくて驚いて布団で顔を隠す。


褌って見えてしまいそうで…


目のやり場に困るんだけどなぁ…。



何で土方さんだけこんなに色気があるの?


他の人はそんなことないのに。



「早く着替えてくださいっ!」



江戸時代では、女の人もノーパン・ノーブラは当たり前。


耳を疑ったわ。


生理のときはどうしてんのよ?


それも今のうちに聞いておかないとな…



「き、着物お持ちしますからっ!」



反応がおもしろかったのか、思わぬ行動に出た。



「な、何…ちょっと離し…」



手首を強引に掴まれ、ぐんと勢いよく顔と顔が近づく…



!!!!!


唇にキス。



何これ…


目を見開いた。


思考回路が止まる。



何でわたし、キスされてんの…?


ハッと我に返る。



「何すんのよ!!」



バチーン!!



右手でほっぺにビンタをくらわした。


見事なクリーンヒット。


センターオーバーのスリーベースだ。



「痛ってぇな!何すんだよ!」


「信じらんない!セクハラ野郎!!バッカじゃないの!?」


「ばっ、馬鹿?!」


「何すんのはこっちのセリフ!」


「気の強ぇ女だな!」


「こんなことされて黙ってるわけないでしょ!」



頭イカれたんじゃないの?!


誰にでもこんなことするわけ?!



「いくらイケメンだからって、女が全員、土方さんに恋に落ちると思ったら大間違いよ!」


「こんくらいのことでいちいち騒ぐな」


「はぁ?!こんくらいのこと?!」


「どうしたっ?!何事だ?」


「近藤局長!」



騒ぐ声が聞こえたのだろう。


何事かと駆け込んで来た局長に、不機嫌な顔のまま目で訴えた。


その横には、赤くなった白肌を左手でさする人。



「何があったかは知らんが、まさか歳の顔を殴ったのか?」


「はい…」


「はははっ!」



突然、笑い出す。


それもお腹を抱えて、おっきな声で。


何で笑うのよ。



ツボにハマったのか、笑いが止まらない。


むくれたふたつの顔を前に、口元を押さえ何とか堪えた。



「ぷっ…すまない、歳を殴る女子おなごは初めて見たもんだから」


「だって…!」


「多摩や江戸にいた頃から、歳に惚れた女子おなごは冷たくされても、振られても殴ることがなかった。なぜだと思う?」


「さぁ…惚れた弱味?」


「それもあると思うが、綺麗な顔に傷がつくからだと」


「はぁ?何それ、そんな理由!どうかしてるわ」


「そうなんだよ」


「顔がいいからって甘やかすから、付け上がるのよ!」


「君、結構言うね…しかも辛口」


「ん?ちょっと待ってください。まるでわたしが土方さんを好きみたいじゃないですか」


「そうなのか?」


「違います!ぜんっぜん」


「そんな全力で否定しなくても…」


「いやぁ!朝から貴重なものが見れた」


「俺の身にもなってみろよ」


「まったく…いい機会だ。少し慎んだらどうだ?」


「冗談」


「今日は思い出し笑いができるから、飽きずに過ごせるな。痛快、痛快!はっはっはっ!」



ムスッとしたままの土方さんと、呆れ顔のわたしをよそに笑いながら部屋を後にした。



19歳から見たら大人の男でしょ。


からかわれただけとは分かっていてもビックリしちゃった。


朝からドキドキさせないでよ。



まぁ…現代のチャラい男や、草食系の名を借りた優柔不断な男は大キライだ。


それよりはいい。


この時代の人のほうが筋が通ってて、男気もあっていいかも。



なんて、時代が違いすぎて比較にならないか。



…ん?


この人もこの時代の軽い男なんじゃ?


女好きって聞いたし、局長の話だとモテるのは確実ね。


今だって、さらっとこんなことするなんて。



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