4.憂鬱の浅葱色(一)

「…事情は分かった。身寄りがないと言うのだから仕方あるまい」



新選組…もとい、壬生浪士組局長・近藤勇。


今目の前にいる、その人。



がっちりとした体格。


威厳と迫力ある顔つき。


太い声。


あまりの存在感に圧倒されてしまいそう。



「しかし土方が言うように、我々をよく思っていない連中も複数いる。君にも危険が及ぶかもしれない」


「はい、心得ています」



できるだけ動揺を隠さなければ。



「わたしは会津の出身です。壬生浪士組は会津藩お預かりだと伺いました」



そう、その調子。


落ち着いて話せば大丈夫。



知ってる限りの知識を言葉に乗せるの。


口に出しても差し支えないことだけを。



「我が会津のお殿様のもとで忠義を尽くす方々のところであれば、わたしも会津のため、いえ、お国のために働けます…」


「ほう」


「ちゅ、“中庸ちゅうよう”では、“何事も誠に始まり、誠に終わる。誠がなければ何も成り立たない”と…言います」



何かそんなこと古文で習った記憶が。



「中庸を嗜むのか?」



近藤勇の顔色が明るくなる。


もしかしてもうひと押しでいけるんじゃ…?


あっ!そうだ、日新館にっしんかん童子訓どうじくん



「会津では教育のために小学や論語などを編集した"日新館童子訓“という書物を子供の頃よりそらんじ、人としてあるべき姿を学びます」



たしか昔はね。


今はその昔にいるらしいから…


よし!



「ひ…人は生まれながらに3つの恩を受けています」



わたしだって小学校で冊子を配られて、クラスで音読したんだから。



「父母の恩、主君の恩、師の恩にございます。親がいなければこの身はなく、主君がいなければこの身を養うことができません」


「ほう」


「その恩に報いるべき忠・孝・礼・義を知らなければ、人の顔をしていても獣と同じです。師から学ぶことで道徳を知り、獣にはならず人として正しい道を歩けます」



この部分は覚えてる、何となくだけど。



「何と聡明な…今でも暗記しているのか」


「三つ子の魂百まで、とはまさに…」


「このご恩に報いたいのです。わたしの行いは小さなものかもしれませんが、主君のために、この国の繁栄のために微力ながら貢献したいのです!」



やば…大口叩いてしまった。



「素晴らしい…!大したものだ」


「そこまで考えているとは。會津の女子おなごは肝が据わっていますねぇ。良いのでは?私は賛成です」



わたしの必死のプレゼンにそう口添えしてくれたのは、井上源三郎さんという人だった。


この中ではいちばん年上に見える。



「うむ…覚悟もあるようだし、正式に住み込みで働いてもらおう。後で皆にも紹介しよう」


「ありがとうございますっ!」



元気よく言って、深々頭を下げた。


ふぅ~…


緊張して変な汗かいちゃった。



突然の割にうまい言葉が出てきた。


上出来だわ。


ホントはそんなこと思ってないけど。


我ながら感心感心。


勉強、人並みにやっててよかった。


こんなところで役立つなんて、よく覚えていたと自分で自分を大絶賛だわ。



近藤勇は情に厚いみたい。


身寄りがないと目を潤ませると、問い詰めることもなく単純に受け入れてくれた。


ちょっと申し訳ない気もするけど、半分は本当だもん!


半分嘘で、半分本当。



あ、えくぼ。


笑うと穏やかそうで。


思ってたより優しいし、見た目と違って普段は怖くなさそう?



もし土方歳三が局長だったら、こうはいかなかったよね。



っていうか、歴史上の人物とご対面してるんですけど。


変な感じ。



「ねぇ、君の年はいくつ?」



その場に居合わせた若い男の人が無邪気に言う。



「総司、不躾に失礼だろう」


「いいじゃないですか。年は取っても減るもんじゃない」


「こらこら…」


「あーっ!」


「びっくりしたっ!」


「総司って、まさか!沖田総司…さん?」


「そうだけど、なぜ私の名を?自己紹介はまだなのに」


「そっ、それは…」



しまった…


めっちゃ怪しんでる?


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