3.月あかりは今宵しも(四)

不安と恐怖と少しの安堵と。


全部の感情がごちゃ混ぜで。



「怖かったぁぁぁ…」



形振り構わず、土方歳三…らしき人に抱きついて大号泣。



「…ったく、よりにもよってこんなとこフラついてんじゃねぇ!」



体が勝手に震える。



「おっと!危ねぇ…」



膝からガクリと崩れたところを、腰をぐっと支えて自分のほうへ引き寄せた。



「このご時世、どこで誰が誰の命を狙ってるか分からねぇ。密偵も潜んでる。巻き込まれたら、女子供でも命はねぇぞ!」



まだ泣きじゃくるわたしの耳元でお説教。



言っとくけど、普段はよく知りもしない人に抱きついたりしない。


だって、もう耐えられなかった。


知らない世界にひとり放り出されて。


殺し屋だか密偵だか何だか分かんない人に狙われて。


時の波にさらわれて、誰かの手に掴まらないと溺れてしまいそうだった。



何でこんなに災難続きなの?!



「今ので分かっただろ」



とにかく黙って頷いた。



「まあ…放り出した俺にも責任はある」



もうどうすればいいか分かんないのに、この人の言葉に頷いちゃった。



タイムスリップって日本語で何て言うの?


時を超える、とか、瞬間移動、とか。


江戸時代なら…神隠し、のほうが通じるかな?



「そんなの、絶対っ…信じてもらえないもん…!」


「はぁ?!何なんだよ、泣きながら唐突に喋り出すな!分かるように言え!」


「もうやだぁぁ…」


「泣くな!喚くな!俺のほうが嫌だっつーの!」



ひとしきり泣いたら、疲れて冷静になった。


お恥ずかしい…


ご迷惑、かけてしまった…



「あの…重ね重ねすみません」


「泣きやんだか?」


「何度も助けていただいて…ありがとうございます」



こんなに大騒ぎしたというのに。


泣きやむまで、無理に体を引き離すことなく待っててくれた。


ウンザリ嫌々なのは存じ上げております…



でも何だろう、この感じ。


ここへ来てやっと心が落ち着いた気がする。



神秘的な銀色の月。



顔を上げると、月明かりに照らされ影のできた顔が目の前に。


うわぁ…きれいな顔。


じぃーっと見とれてしまうくらい。



「なんて整った顔…」


「何?」


「あっ、いえ…きれいな月だなぁと思いまして…」


「さっきは悪かったな。行くぞ」


「どこに…?」


「屯所だ」


「いいんですか…?」


「ああ、放っておいたほうが気を揉むからな」


「すみません…」


「あ、お前裸足…しょうがねぇな」


「え…」


「おぶってやるよ。足もまだ痛むんだろ?」


「だ、大丈夫です!歩けます」


「いいから」



半ば強引に手を引っぱり、背中におぶった。


実は、冷たいフリしていい人なのかもしれない。



何でドキドキしちゃうの。


心拍数がぐんぐん上がる。



「かれん…」


「え?」


「お前、かれんと言ったな」


「はい」


「俺の名は歳三だ。土方歳三」



こちらへ少し顔を向けた。


やっぱり。


土方歳三…


わたし、あんたの顔と名前は知ってるよ。



それにしても、土方歳三ってイケメンだったのねぇ。


暗い場所だとドキドキ度がアップして、2割いや3割増しに見えるって聞いたことあるけど、その力に頼らなくても充分。


これはかなりモテるはず。


写真見たことあったけど、それよりかっこいい。



写真とは雰囲気が違う。


髪型と服装のせいかな?



あ、意外と筋肉質。


昔の人なのに身長も高い。


色白だし鼻筋もすっと通っていて。


何より目力がすごい。



やるわね、日本男児。



こんなキレイな顔…


女の立場はどうなるわけ?


なんて、この状況で暢気なことを思ったりして。



土方…さんの背中におぶわれて、来た道を戻る。


途中、わたしたちはぽつり、ぽつりとだけ会話をした。



「何だ、すっかり大人しくなったな。おい、反省したか?」


「………」


「って!寝てんのかよっ!ったく、どういう神経してんだ…」



すいませんね。


こういう神経、持ち合わせてるんですよ!



「おい、おい!」


「ふぇ…?」


「着いたぞ」



寝ぼけ眼をこすり、背中から降りる。



「やあ!」



屯所、と呼ぶらしい家に着くと、ニコニコと手を振る紳士。


玄関先で山南さんが待っていてくれた。



「お帰り」


「ただいま…戻りました」


「無事で何より」


「すみません、お世話になります…」


「君が飛び出して行った後、土方君がとても心配してね。顔には出さないが」



と、本人には聞こえないようにこっそり教えてくれた。



「おい、行くぞ」


「どこへ…?」


「局長んとこだよ」



局長って…


新選組局長、近藤いさみ!?



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