3.月あかりは今宵しも(三)

とりあえず、昔から変わらずあるものを探さなきゃ。


世界遺産、名所、神社、お寺…


ここから比較的近いのは二条城、だよね?


かと言って、今現在実際にエライ人が使ってるわけだし、てことは門番とか見廻りも厳しい…やめとこう。


歩いてるうちにお寺か神社にはたどり着くだろうけど、勝手に入るなんて気が引ける。


というか、何かに取り憑かれそうで一晩過ごすのは怖すぎる。


神隠しとかって、自分が置かれてる状況がまず不気味なのに。



うーん…



そうだ、鴨川!


川なら間違いなくあるはず。


埋め立てられることはあっても、昔なかった川をダムのように人工的に作ることは稀だろう。



どこに泊まるかは着いてから考えるとして。


宿が見つかればいいけど、今夜は野宿覚悟。


そうと決まれば行くしかない!



幕末の京。


勝手が分からない。


行き先は決まったとはいえ、気をつけて慎重に歩かないと。



町並みが違うせいか、果てない距離に感じる。


もうやだ…


この先どうしろっていうの?


こんな目に遭うなんて…


わたしが何かしたわけ?!



同じことを何度も繰り返し考えては、とうとうと流れる涙を拭きながら歩く。


不安が募り、頭も心もマイナス思考。



早く元の世界に帰りたい。


考えても考えてもそれしかないの。



まだ人で賑わう月夜。


町の賑わいと提灯の灯り。


ひとり暗い道を歩いてきた心細さが少し和らいだ。



ようやく行き着いた川に架かる橋。



はぁ…どうすれば?



「こんなとこで生きてけない…」



途方に暮れる。


石造りの橋の欄干に頬杖をついて絶望のため息。



橋の向こう側がやけに明るい。


三味線の音色…


もしかして、あれって祇園?


欄干にもたれたまま、ぼんやりと横目で純和風の音楽が流れるのを聞く。




「まずい…あの娘に見られたか?」



どこからか漏れる男性の話し声。



「ひゃっ…!」



後ろから口を塞がれた。



「んっ、んーっ!」


「静かにしろっ」



必死に抵抗しても、わたしひとりの力じゃ敵わない。


あっという間に橋の下に連れ去られ、荷物を扱うかのごとく無造作に地面に下ろされた。



「いったーい…ちょっとっ!何すんの?」


「お前、見たじゃろ?」


「何を?」


「知らばっくれんな!」


「はぁ?!何も見てない!わたしはあんたたちの相手してるヒマないの!」


「白を切っても無駄じゃ」


「離して!言いがかりは止めてよ」


「黙れっ!」


「だから、何も見てないっつーの!いい加減にしてよ!しつこい!」


「生きて帰れると思うな」


「ちょっ…誰かぁ!助けてっ」


「叫んでも無駄じゃ。助けは来ない」



顔の前に向けられた刃。


殺される!


そう思った瞬間。



「やっと見つけた」



聞き覚えのある声。



「何奴?!」


「名乗るほどのもんじゃねぇよ」



土方歳三…!?


助けに来てくれたの?



「まあ、いい。ふたりまとめて地獄行きじゃ」


「おいおい、随分笑わせるじゃねぇか。誰に向かって言ってんだ?」


「てめぇしかいねぇだろ」


「死にてぇみたいだな。その言葉、後悔させてやるよ」


「何じゃと?」



5対1。


さすがにひとりじゃ…



「おい、お前!目ぇ瞑って、耳塞いでろ!」


「え…いやあぁーっ!!」



斬り合いが始まってすぐ、ひとりが土方歳三の刃に倒れた。



漆黒の暗闇の中で、刀を交える音が響く。


暗くて見えないけど、ここには真っ赤な人の血が流れている。



とっくに体中の力は抜けてるのに、腰を抜かすことも動くこともできない。


羽交い締めにされ、首に短剣を突きつけられているから。



ひとりが倒れ、またひとりが倒れ…


すぐにわたしを押さえる力が弱まり、突き飛ばされた。


たったひとりを相手に不利な形勢。


5人いた仲間はすでにふたりとなり、参戦を余儀なくされたのだ。



命を救ってくれるヒーローのはずなのに、その笑みはヒール。



「地獄に送ってやろうか?」


「クソッ…」



ものの見事に勝負はついた。


素人から見ても力の差は歴然。


それがハッキリと分かったのか、命拾いした男たちはそそくさと走り逃げていった。



強い…


何なの、この人…



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