3.月あかりは今宵しも(二)
「あのっ!助けていただいた上に失礼も承知なんですが…」
「何でしょう?」
「しばらくここに置いていただけないでしょうか…?」
正座をし、土下座で頼み込む。
「何言ってんだ!」
土方歳三らしき人が声を荒げる。
「お願いします!料理でも掃除でも洗濯でも雑用でも何でもします!」
新選組…らしき人を相手に思い切ったことを言ったなぁと自分でも思う。
けど、ここで見放されたらどうすればいいの?
ここは京都だけど、江戸時代の京。
わたしの家はない。
せめて、現代へ帰る方法が見つかるまで。
とにかく何でもいいからアピールだ!
「わたし、料理なら得意です!料理番としてならお手伝いできると思います!それから…」
英語が少しだけできる、のはとりあえず黙ってたほうがいいよね。
「それから、役に立つかは分かりませんが、生け花と書道と音楽なら心得が…」
「そうは言ってもね…知ってのとおり、ここは壬生浪士組の屯所だ。男だらけで生活している場所なんだよ」
「それは…承知の上です」
「普段は笑ってる奴も何かあればためらわず人を斬り、血で汚れて帰るんだぞ?」
さっき見た衝撃の光景。
それが、この時代模様のようだ。
「町には俺達のことをよく思っていない奴等もいる。人を斬って恐れられてる男たちだぜ。さっき見ただろ」
「見ましたけど…」
「腰抜かして気失った奴がここに住めると思うか?」
「土方君、落ち着いて…」
「いーや!ましてやお前は女だ。いつ誰に襲われたっておかしくねぇ。そんなとこにいて耐えられるかよ」
「…耐えます!お願いです。どうかここに置いてください」
「駄目だ」
きっぱりと冷たく言い放つ。
この人の言うことも理解できる。
耐えられるか耐えられないかなんて、そんなの分かんない。
自信はない。
「まあまあ。何か事情もありそうだし、近藤さんに聞いてからでも…」
「駄目だ。置いておけるか。何か起きてからじゃ遅せぇんだよ」
重苦しい空気が流れる。
ダメだ。
やっぱり話が通じる相手じゃない。
世間も現実も厳しい。
涙を拭いて、よろよろと立ち上がる。
「…分かりました。ご迷惑おかけしました。助けていただいてありがとうございます」
「待ちなさい。君は怪我をしているだろう。もう遅いし、せめて今晩は休んで行きなさい。行くあてもないのにどうするんだ」
「何とかします。大変お世話になりました」
気を遣ってくれた山南さんの言葉を断り、足を引きずりながら出ていく。
あ、草履片方なくしたんだっけ。
右手にバッグ、左手に片草履、裸足で外に出た。
「真っ暗…なんですけど」
黄昏時。
『秋は夕暮れ』とは清少納言はよく言ったものだ。
鮮やかで美しすぎる夕焼けの空が夕闇に変わっていく途中。
切ないほどに身に沁みる。
陽が暮れたばかりとはいえ、電灯もビルの明かりもない江戸時代は、現代に比べて幽暗だ。
昔の人は夕暮れのことを『
昼と夜とが移り変わる時間帯。
幽霊や妖怪や魔物に出くわしそうな怪しい雰囲気。
とてつもなく不吉な時刻、ということ。
言われてみれば…異様。
よく言えば神秘的。
普段のこの時間帯も雰囲気も何ともないのに、古風な景色と浮世離れした異質体験がそう思わせる。
浮世離れした…なんて思ってるけど、もともとこの時空間で暮らす人たちに言わせてみたら、迷い込んだわたしのほうが時代錯誤なんだろうな。
この辺りは長閑なのか、耳をすまさずとも虫の声がよく聞こえてくる。
かろうじてある民家の灯り。
ほのかな灯りを頼りにあてのない道を歩く。
これからどうしよう…
ここはどこ?!
大学生になって京都に住み始めて数ヶ月、あちこち行ってはいるけど、それはあくまで現代での話。
さっき入手した壬生村という情報。
新選組の屯所は壬生寺近くの八木邸と前川邸にあったんだよね。
他に些細なことでも思い出さなくては。
ありったけの知恵を絞り出さなきゃ。
この道を行けば、四条大宮駅に着くはず…
そもそもこの道と現代の道が同じなのか、謎だけど。
考えながら歩いている間に、だんだんと町の灯りが増えてきた。
時代劇で見るこの家々は長屋というのかな?
各家に灯りがともる。
電気の灯りじゃない。
おそらくろうそくの灯りだろう。
「ない…ない!ない!何もなーい!!!」
駅があるはずの場所に着いても、駅なんかなくて。
銀行も郵便局もコンビニもない。
有名ホテルも、京都タワーもないんでしょうね。
道すがら、バスも車も1台も見ない時点で終わってる…
新鮮すぎて、すれ違う人たちにも心ともなく目を向ける。
洋服の人がいない。
ホントにタイムスリップしちゃった…
絶望感にうちひしがれる。
歩けども歩けどもコンクリートの道はなく。
車どころか自転車すら走ってない。
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