16.あの星のもとに(二)

「…知ってました?」


「ん?」


「わたしにはもう、土方さんより大切な人はいないの」


「照れるじゃねぇか…」


「2番目でいい。局長の次でいいんです」


「それとこれとは」


「でも女は…わたしひとりじゃなきゃ嫌です」


「恋は思案のほか…思い知ったよ。そうさせんのはお前だけだ」


「どういう…」



か細い声が途切れた。


ついに唇を塞がれる。



「こういう意味さ」



甘い吐息。



一度目のキスは冗談で平手付き。


二度目は強引で切ないキス。



そして三度目は。


目眩みたいにくらくらする。


体が燃えるように熱い。


ドキドキして、心がふるえるほどの。


恋人のキス。



「駆け引きは必要ねぇけど、大人の女への第一歩だ」



体を支えながら寝かせ、真上に覆いかぶさる。


無言にならないで。


激しい鼓動に頭がついていけないの。


しばし見つめあう。



わたし…


土方さんに身を委ねてもいいですか?



好きな人の香りに包まれる、甘く優しい時間。


腕の中で愛を感じるの。



きっと、もう。


あなたを知らなかった頃のわたしには、もう戻れない。



「かれん」



驚いて、土方さんの顔を見る。



「どうした?目を丸くして」


「だって名前…」


「名前?」


「初めて呼んでくれました」


「そうか?」


「そうです。いつも“お前”とか“おい”とかだったし…」


「こういうの、嬉しいか?」


「うれしい!」



わたしの名前を呼ぶあなたの声。



覚えていてね。


そんな小さなことでも胸がキュンとするの。



「もう1回呼んでくれますか?」


「そう言われると照れるな…」



ゴホンと咳払いし、声を調える。



「かれん」



ズキュンと瞬時に射ぬかれる。



「ふふふ~」



当然にやけてしまう。



この余韻に浸りたい。


想いが通じたことも。


キスをしたことも。


名前を呼ばれたことも。


今日の出来事すべて。



「なぁ、かれん…」


「はい?」


「お前は俺が怖くないか…」


「怖い?土方さんが、ですか?怖くないですよ」



人を斬ったと聞くのはつらい。


でも、怖いというのとは違う。



正直、前は怖いと思ったことがあったけど…


今は違う。


そうじゃなくて、この感じを何て言うんだろう。



心配?


もちろんそれもある。



人を斬ることに慣れて、苦しい思いはしていないか。


罪悪感に苛まれてはいないか。



「本当か?無理しなくていいんだ」


「どうしてそんなこと聞くんですか?」


「新選組と聞けば嫌がる奴等が多い。お前にも恐怖を与えてるんじゃないかと思ってな」


「町の人たちはみんなのことをよく知らないから。現に八木家の人や近所の人たちはそんなこと思ってないでしょう」


「それはそうだが…そん中でも俺は“鬼の副長”だ」


「怖くない。わたし、怖いなんて思ってないです」



だって、土方さんは鬼じゃない。



「土方さんは鬼じゃなくて、心の温かい人間だから」



危険な目に遭ったときも、不安なときも、手を差しのべて助けてくれた。


いつでも、わたしを救ってくれる勇士なの。



少なからずそう思う人がいる。


それは土方さんに心がある証。


心が相手に伝わっている証よ。



「もしかしたら“新選組の副長”は鬼なのかもしれないけど…」


「けど?」


「鬼にも心はありますよ」


「鬼にも異人にも心はある、か…」


「優しい鬼だっています」


「かれんはそんなふうに思うのか…」


「どうして鬼は悪いものだ、怖いものだって、いつも一方的に決めつけられるんですか。人と仲良くしたい鬼だっていますよ」


「常人と違うその考え方、さすがだな。はははっ」


「初めて会ったとき、土方さんは斬り合いの真っ只中でした」


「そうだったな」


「怯えるわたしに気がついて、最初からわたしを守ってくれました」



隣で静かに耳を傾ける土方さん。



「そんな優しい人が心を鬼にしているのに、わたしだってその心に寄り添いたい」



自分の信じる誠の志のため。


大切な友達のため、仲間のために悪者になる。


たとえ自分が傷つき、つらい思いをしようとも。



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