16.あの星のもとに(一)
あなたは月のような人。
わたしを優しく照らしてくれるから。
いつも見守っていてくれるから。
どうか、姿を消さないでいて。
その夜。
わたしたちは結ばれた。
一晩中ふたりでいた。
黒々とした肩より長い髪。
さらりと落ちた髪をかき上げた。
はだけて見える白い肌、鍛え上げられた体。
涼しげで端正な顔立ち。
わたしを見つめる美しい瞳。
うっとりと酔いしれる。
吸い込まれてしまいそうなほど。
聞こえてしまったらどうしよう…
苦しいくらいドキドキが止まらない。
初恋のときよりもずっとドキドキしてる。
土方さんに恋をして知ったの。
この胸のときめきも、胸の高鳴りも。
「お前のその生意気な顔も気に入ったよ。他の女は俺に見せない表情だ」
「他の女と比べるなんてサイテーよ」
「ははっ。この状況になっても変わんねぇな」
口を尖らせたわたしを見て笑う。
ヤな感じで鼻で笑うんでもない。
呆れて笑うんでもない。
愛おしそうに笑う。
そんな優しい表情をわたしに向けてくれるなんて、考えてもみなかった。
「惚れた男だからと言って、お前は媚びない」
「ごめんなさい。かわいくないですよね…」
「いや、だから惚れたのかもしれねぇな」
一瞬で顔を紅潮させたわたしの鼻を軽くつまむ。
きっと冗談みたいな話をして、わたしの緊張を落ち着かせるためにペースを合わせてくれてるんだと思った。
恋に落ちたあの月夜のように。
「天使の矢が…」
「え?」
天使の矢がささってしまいました。
不意打ちで惚れたなんて言われたら。
胸がキュンとして舞い上がる。
「あの…教えてください。恋の駆け引きってどうやるんですか?」
「何だ、急に」
「そういう、恋を楽しめる人が粋なんでしょう?わたし、そういうの鈍くて…」
「確かにお前は自分のこととなると奥手だが、駆け引きなんて必要ねぇよ」
「土方さんには大人の女が似合うと思うし…」
「純粋なままでいいんだ。真っ直ぐ俺を見つめてくれれば」
「はい」
土方さんを見つめることしかできなかった。
それすらも諦めようとしていたのに。
真っ直ぐに見つめてもいいんですね。
「土方さんはいつも余裕そうに見えました」
「ははっ…余裕の奴があんなことするかよ」
それって、さっきの夕暮れのあれ…?
「お前のことが頭に浮かぶと、心が乱されて戸惑った。なかなか思い通りにいかねぇし、どうしたもんかと」
本当に…?
バカみたいに振り回されてるのは自分だけで。
追いかけても距離は縮まなくて。
近づいてもまた遠くなる。
切なくて、こぼれ落ちる涙も。
知らない女の人への嫉妬も。
わたしひとりだけ、勝手にしていることだと。
恋の視線を向けてくれるとは思わずに。
「気の迷いだと自分に言い聞かせてた。俺にとっては大したことじゃねぇ、本気の恋なんかするか、ってな」
心を見せてくれますか?
今、この瞬間からは。
わたしに本気の恋をくれるのですか?
「忘れようとしたけど、忘れられなかった」
恋しくて、恋しくて。
忘れようとすればするほど、恋しさは募るばかりで。
「見合いの時は…胸に秘めていたのに、つい」
同じ気持ちだったんですね、わたしたち…ずっと。
土方さんと心が通じるなんて、たぶん奇跡みたいな確率なんだって。
だって、出逢ったこと自体が奇跡みたいなもの。
たとえば、夜空の星を手に取るような。
「お前はどうなんだ?俺はまだ聞いてねぇな、お前の心を」
声にしてもいいんですか?
家族も友達も、未来の世界の暮らしも、将来も夢も。
すべてを失っても、この恋だけは守りたい。
この恋だけは貫きたい。
「わたし…」
「ん?」
「わたし、土方さんが好きです…」
思いがけず涙し、うつむいたわたしの髪をなでる。
「お慕いしています…」
わたしを守る大きな手。
熱視線。
頬を赤らめたまま、まばたきすることも忘れて。
両手でわたしの頬に触れたと思ったら、ぐっと顔が近づいた。
抱きよせられて、心臓が跳ね上がる。
「待って…ください…」
「もう待てない」
耳に響く声。
苦しくて、息もできないくらいなの。
聞こえますか?
伝わっていますか?
胸の鼓動が。
唇より先に、おでこにキスを。
緊張で震えるあたしの心を読んだのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます