15.まことの恋(五)
「自分でも笑えるよ。最初に惚れたほうが弱いと言うが…あれは本当だな」
え…?
今、何て?
それは本心なの…?
もし本心なら、そんな大事なこと局長に言わないで、素直にわたしに言ってよ。
「お前から恋の悩みを聞く日が来るとはな」
笑いながら土方さんの肩に手を回して。
「さて、もう行くよ。ああ、聞こえていたか?そこにいるんだろう?」
えっ…?!
局長、わたしがここにいること気づいてたの?
ちょこっとだけ顔を出す。
こちらに笑顔を向ける局長。
「おっ、お前!何でここにいるんだよ?!」
逆に、驚きを隠せず慌てる人。
「歳、正直になれ。自分の心を否定するな」
「近藤さん…!」
「ふたりとも、どうするかは自分次第だよ」
「自分次第って…」
「そうさ。かれんさんが言った言葉だろう?」
「局長、わたしどうすれば…」
「君の気持ちは決まってるね。あいつの決意を待ってあげてくれないか」
大事なところで土方さんの気持ちから逃げてた。
傷つくのが怖くて。
ちゃんとわたしを見ていてくれたのにね。
「何ひとつ恐れることはないよ。おやすみ」
耳元でそう言い残すと、上機嫌、鼻歌を歌いながらその場を立ち去った。
そして、残されたふたりには、またもや沈黙が流れる。
顔を上げることができない。
視線を感じて、どぎまぎした。
顔から火が出そうなほど。
また逃げるの?
いいえ。
この恋から逃げないと誓った。
そう再び心に決めたものの、またためらってしまう…
それではだめ。
このままじゃ、何も変わらない。
勇気を出してただ一言。
好きと言えれば。
それだけなのに。
ここいちばんで怖じ気づくなんて。
気づかれないようにチラリと見るのが精一杯。
目の前に土方さんがいる。
憂い、みたいな。
そんな顔しないで…
距離を縮めないまま。
まだ続いていた沈黙を破ったのは。
「ちょっとこっちに来い…あ」
わたしが裸足ということに気づく。
「えっ…!」
軽々とお姫様抱っこ。
距離が縮まると、心も繋がっていくようで。
手を胸元に。
逸る心を抑えるために。
同じように、土方さんもドキドキしてるのかな?
同じ気持ちなのかな?
わたしの心がきこえる?
わたしには土方さんの心がきこえる気がするの。
「待って…土方さん」
「駄目だ」
「だって、わたしっ…伝えたいことが…」
「言うな。俺が先に伝えなきゃならねぇんだ…」
下駄を脱ぎ、わたしを腕から降ろした。
「肩に掴まれ」
左、右とわたしの足に履かせる。
連れて行かれたのは、庭のあの場所だった。
薔薇が咲く、庭の奥。
恋に落ちた場所…
一目だけこちらに視線を投げて。
淡いピンク色の花をつける八重咲きの薔薇に手を伸ばして、愛おしそうに撫でた。
花や茎を傷めないように、一輪だけそっと手折る。
「おいで…」
手招きをして呼んでる。
受けとめてくれるの?
隣で寄り添ってもいいの?
茎についた棘をひとつずつ取り、髪にかんざしのようにさしてくれた。
涙が一筋、頬をつたう。
薔薇の花…
覚えててくれたの?
こんな告白、初めてよ。
言葉よりもあつく、こんなにも胸に届くの。
「土方さん…わたしのこと好きでしょう?」
“あなたを愛しています”
薔薇の花言葉。
言葉にしなくても伝わる。
でも、聞かせてよ。
声に出して聞かせて。
月下の君。
わたしの好きな人。
「…惚れてる」
「え…?」
「惚れてるよ、お前に」
「本当…ですか?」
「ああ…正真正銘、本気の恋だ」
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