15.まことの恋(四)
泣き疲れてそのまま寝てしまった。
宵の口。
体を起こし、腫れた目をこする。
まぶたの感覚がおかしい。
「風に当たってこよう…」
ギシ、ギシと歩くたびに階段がきしむ。
真夜中の静けさ。
少しの物音でも大きく響いて聞こえるから、音をたてないよう忍び足で歩く。
縁側へ行くと、そこにはすでに先客が。
話し声が聞こえてくる。
かがんで身を潜めた。
「…これまでの俺を知ってるだろ?」
「ああ、もちろんだとも。何年の付き合いだと思ってるんだ」
この声は…局長と土方さん。
縁側に並んで腰掛け、話し込んでるみたい。
「昔から気に入った女がいればすぐに手を出した」
「しかし、所帯を持つ気はない。女に縛られるのはまっぴら…だろう?」
「それもそうだが…まだ名を上げていない」
「いいじゃないか。結果はついてくるものだ」
「あいつ…事情は知らねぇが、実はいいとこのお嬢さんなんじゃねぇか?」
「それは確かにな。頭もいいし、字もきれいだし、教養も身についてる」
「着物がひとりで着れねぇのには驚いたよ。それに裁縫が絶望的に下手なのも引っかかるけどな」
「まぁ、誰しも得手不得手はあるだろう。源さんに習って練習しているようだし…」
う…
裁縫のことを言われると反論できない…
わたしの話をしているの?
「初めは奉公に出て来た娘かと思ったが、身なりも教養も芸事も奉公人のそれじゃない」
「足抜けしたかと言えば、あいつは情事に慣れてねぇだろ?
「お前、引っ叩かれたしな」
「ましてや芸妓でもねぇだろ、あのお転婆じゃ」
「彼女のこと、よく見てるな」
「何より、會津候はどうする?」
「うん…あのお方は、想いを邪魔してでも手に入れようなど思わないだろう」
「…俺じゃ幸せにしてやれねぇよ」
「なぜそう思う?」
「いつどこで死ぬかも分からねぇ。俺に覚悟はあっても、あいつにそんな覚悟、させられるわけねぇよ」
土方さん…
ここでは恋をするにも覚悟が必要なの?
覚悟がなきゃ、恋をする資格がないの?
「そこまで考えていたとは驚いた。今までとは明らかに違うな」
「あいつ、何なんだ…。俺を好いてるのかと思いきや、突然拒絶しやがる」
「あの歳さんが
「笑うな…!自分でよく分かってるよっ!情けねぇ…」
「悪い、悪い」
それは土方さんが女心を弄ぶから。
心からの気持ちが見えないんだもの。
大切なのは好きかどうか。
それだけなの。
「…さっき、あいつを押し倒した。今までの女と同じように抱いてやろうと思ったんだ」
「お前はまたそうやって…」
「いや…あいつの目を見たらできなかったんだ」
「そうか、そんなこと初めてじゃないか?」
「通じねぇんだよ」
「何が?」
「俺の手口が」
「手口って、お前はねずみ小僧か」
「今までに一度だってこんなことはねぇんだ。あいつ、人のことには首を突っ込むくせに、自分のこととなるとからっきしだろ」
「確かにな…ははっ。お前、ねずみ小僧と言えばねずみ小僧だな。
「俺が言いたいのはそこじゃねぇよ!」
「分かってる、分かってる。手口が使えないとは商売あがったりだな。どうする?」
「どうすりゃいいんだ。あいつ、俺にどうしろってんだ」
「どうすべきか、とっくに気づいてるんじゃないのか?あの子は人の心を何より大事にする子だ。使い古された口説き文句なんかじゃなびかないさ」
「必死に愛を叫ぶか」
「真心だよ。心からの誠意を見せるんだ」
「近藤さんならうまくいくだろうな」
「いいや、駄目だ。あの子にとってはね。待ってるのはお前の誠意だよ」
ぽつりと自分に呆れたように笑いながら言った、土方さんの言葉。
その言葉に耳を疑った。
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