15.まことの恋(三)
陽が沈んでいく。
おひさまのオレンジが妙に心に沁みる。
泣くだけ泣いて。
部屋の手前で足を止めた。
「何…」
虚ろなまま、目と目が合って。
待ちぶせしていた土方さんに無言で腕を掴まれ、部屋の中に引っ張り込まれた。
心拍数が急上昇。
すぐに分かったでしょ?
波打つ脈が伝える。
それほど動揺してるの。
「何するんですか…はなして…」
戸をピシャッと閉める。
手を離してくれない。
鼓動は速くなる一方。
息をするより速くて苦しい。
背中を向けたまま。
こっちを見ない。
見なくていい。
何でもいいから早く話して…
「なぜ断った」
「え…?」
「結婚すれば女の幸せを掴めるだろ」
冷静で落ち着いた低い声。
よくそんなに冷静でいられるよ。
そう思ったけど、当たり前だ。
土方さんが取り乱す理由なんてない。
「幸せになれるかも分からねぇ男なんか待つな」
それが答え?
手首の力は弱まらない。
あまりに強い力で痛いくらい。
この場から逃げると思った?
「…それを言うためにここへ?」
「そうだ」
「そっか…」
大丈夫、大丈夫。
自分に言い聞かせる。
そうしなきゃ、今にも挫けそう。
「今からでも遅くはねぇ…」
「…女の幸せが結婚だなんて、誰が決めたの?!女の幸せじゃなくて、わたしの幸せはわたしが見つけます!」
背中に想いをぶつける。
薄暗い部屋。
勢いよく振り返り、こちらに顔を見せた途端。
壁に追い込まれ、断りもなく荒々しいキス。
「んっ…いやっ…」
力が抜けたところで押し倒された。
どうしよう…動けない。
この近距離が思考を鈍らせる。
「俺に惚れてんのか?」
知ってるくせに。
わたしの気持ちには、とっくに気づいてるはず。
すごい目力。
まばたきもせず強い眼差しで見つめるから、石になったように固まって瞳をそらすことができない。
長い沈黙の後、先に口を開いたのは。
「…お前が望むなら、島原へは行かない。他の女にも手を出さない」
何言ってるの?
わたしがほしいのはそんな言葉じゃない!
「わたしが望むならって何?そんなの土方さんが決めてよ!」
どのくらい、こうしていたのか。
この状況に耐えられず、今にも涙が溢れてしまいそうで。
泣いたらいけない。
涙を武器にしてるみたいで、そんなふうに思われたくなかった。
「遊びでしょ…?からかってるんでしょう…?」
何と可愛げのない発言をしてしまったのか。
口が勝手に動く。
「心から好きにならないって…本気の恋なんてしないって、言ったじゃないですか…!」
「それは…」
「わたしは…大勢の中のひとりになるつもりはありません」
震える声をおしてはっきりと言う。
「す…好きじゃないなら…構わないで…」
ホントだけど…ウソ。
心から好きなのに。
そう言ってくれた心を受け取って、黙って頷けばよかったものを。
こんなこと言うなんて、心底バカだと自分でも思う。
引く
数時間後には、女好きの土方さんは心変わりしてるかもしれない。
それじゃ遅いんだよ。
わたしを押さえていた強い力がなくなった。
「すまなかった…」
「なんで…謝るんですか?」
心が折れる。
立ち直れるかな。
土方さんの中では数ある恋のひとつ。
恋なんかじゃない。
からかわれただけ。
分かってた。
覚悟してたこと。
こんなの何でもない。
なのに…なぜなの?
どうしようもなく胸が詰まる。
ゆっくりと起き上がり部屋を出て行ってしまった。
一度も振り返ることはなく。
もう少しで心が通いそうだった。
それなのに…自らその手を離してしまった。
立ち上がろうとしたのに膝からガクリと崩れ、うずくまって泣いた。
壊れてこなごなになった恋が、欠片になってしまっても。
明日は来る。
わたしの失恋なんか無関係で世界はまわる。
自信なんかないけど。
明日、また土方さんの前で笑えるかな…?
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