15.まことの恋(二)
「どうした?浮かねぇ顔だな」
「え…」
「うまくいったんだろ。よかったじゃねぇか」
何でそんなこと…
土方さんだけには言われたくない。
ただでさえ泣きそうなのに、追い打ちをかけるなんてひどすぎる。
言い返す力なんかない。
それどころか、声を発する元気もない。
「かれんはん、良い話やと思うが…どないやろか?」
唇をきゅっと真一文字に噛んだ。
「…わたし」
畳におでこがつくぐらい、勢いよく土下座した。
「おじさん、おばさん、ごめんなさい!」
「どないしたんや?」
「わたし…お嫁には行けません」
「なぜ?」
困惑して顔を見合せるふたり。
「すぐに祝言いうてるんやないのよ」
「ええご縁ちゅうもんはそうそうあるもんやないで」
「八木さん」
「どないしはったんどす?近藤はんまで思い詰めた顔しはって」
「これには訳があるのです」
「局長…」
「君らしくない。見ていられないよ」
「訳言うのは?どういうこっちゃ?近藤はん」
「近藤さんはすべてを知っているのですか?」
「ああ」
「聞かせてくれるか?」
「それは彼女の口から。大丈夫、話してみなさい」
「局長…」
涙目のわたしの心を落ち着かせようと優しく微笑む。
それでもなお、言い出すのをためらっていると、そばに来て、肩に手を置き励ましてくれた。
「大丈夫」
と繰り返し言い聞かせて。
「その…お慕いしている方がいます」
「どこぞのどなたはんですの?」
「それは…」
「想いおうてるんか?」
「いえ…とんでもありません。何とも思われていません。その方の好みとは真逆のわたしを女として見ているとは思えませんし…」
「ほんなら、そないに自分の首締めるようなしんどい想いせんでも…」
「
「そんな恋は止めなはれ」
「一方的な想いですけど、それでもいいんです」
「そうは言うても、どうにもならんこともあるやろ。人の気持ちばっかりは…」
「自分の気持ちに嘘をついて、他の方のところへは行けません…」
「難儀やなぁ」
「結婚生活は現実のものやで。浮わついた恋心より、堅実な結婚を選ぶほうが幸せなんやないの?」
山南さんも土方さんも予想外の告白に驚いているようだ。
本人の前でこんな話をするとは。
遠回しの告白。
土方さんに恋心が知られたとしても、みんなにすべてを聞かれたとしても、そんなのどうでもよかった。
こうする以外、分からなかった。
ダメなの。
どうしてもお嫁には行けない。
気持ちを殺して、この恋を自分から捨てるなんてできない。
逃げないと決めた。
自分の心に誓ったんだもの。
押さえつけていた気持ちがあふれて、途中で泣き出してしまった。
必死で塞き止めてたのにな。
「かれんちゃん、ええんよ」
「ごめんなさい…」
「さ、顔上げ」
「おふたりのお顔をつぶしてしまうような事…。ごめんなさい…本当に申し訳ありません…」
おばさんの娘さんへの想い。
叶えられなくて、本当にごめんなさい…
「かれんちゃんがここへ来てくれはったんは、綾からの贈り物ちゃいますやろか…」
「綾が?」
「悲しむうちらを思うて贈ってくれたんよ」
「かれん君が現れたのは、お綾ちゃんが亡くなって二ヶ月ほど経った頃でしたね」
「笑顔のかいらしい、人懐っこい子やった。そや、そないなとこは似てる気ぃすんな」
「もうひとり娘がでけて、うちはほんまに嬉しいんよ。なぁ、あんたもそやないんか?」
「そやな、花嫁姿はいつか見られるかもしれん。それまでここにおってくれるか?」
「いいんですか…?」
「当たり前や。男には気ぃつけや。可愛い娘傷もんにしたらしばいたる」
おじさん、おばさん…
そんなこと言われたら涙が止まらなくなっちゃう。
「お世話になります…」
「明日から花嫁修行でもしよか。泣いてる暇はあらしまへん!ビシビシ鍛えんで。覚悟しぃや」
「よろしくお願いします」
廊下では、心配の面持ちでみんなが待っていてくれた。
「そんなに泣いて…」
「左之助兄ちゃ…」
「よし!」
真っ先に飛び込んだ。
みんなが見守る中、左之助兄ちゃんの胸の中で大泣き。
「俺の胸で思いっきり泣け!」
自分がよく分からない。
気持ちを抑えられなくて、大泣きするほど好きだなんて。
こんなに人を好きになったのは初めてかもしれない。
心が通わなくても、潔く諦められるかな?
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