15.まことの恋(一)
随分、時間が経ったのに胸の鼓動が止まらない。
なんか、もう疲れちゃった…
酸欠になりそう。
胸に手をあてた。
心臓が大きく震えるのが着物の上からでも分かる。
心が揺れ続けるの…
土方さん。
教えて。
なんであんなことしたの?
どういう意味なの?
期待してもいいの?
そればかり問いかけていた。
いくら問いかけても、答えなんか返ってはこないのに。
あんなことされたら無条件で期待しちゃうよ。
ああ、ダメ…
油断したら泣いちゃいそう。
感情を保てない。
平然を装うことは不可能。
余裕なんかない。
とっくにキャパオーバー。
こんな想いをひとりで抱えるには重すぎるよ。
助けて。
左之助兄ちゃん、局長、どうしたらいいの?
土方さんを想うと胸が苦しくなるの。
恋い焦がれるわたしの気持ちも。
煙になって空にとけてしまえばいいのに。
歩みを止めた。
屯所の前に着く。
まだ、ダメなのに。
今、会ったらどうなるか。
自分でも分からない。
「かれんちゃん、どないしたん?」
「入らんのか?」
「あ…ちょっと…」
「そうか。気ぃ張ってたさかい、疲れたんやろ」
「着物、平気か?苦しないか?」
「大丈夫です。この振袖ももう少し着ていたいし」
「ほな、先入ってんで」
ドキドキも震えも止まらないよ。
どうしよう…。
土方さんの顔を見るのがこわい。
震える唇に右手で触れた。
気合いを入れようとギュッと拳を握っても、力が全く入らない。
気合い注入はあきらめ、代わりに胸に手をあて、深く深く何度も深呼吸をする。
今のわたしにはこれが必要だった。
「かれんちゃんの今日の姿を見て、一層気に入ったんちゃいますのんか」
「相手はんもえらい舞い上がってはったなぁ」
「それはよかった」
「わても鼻が高いわ」
「そりゃそうですわ。気だてもよろしゅうて、こーんなかいらしい子はそうは見つかりまへん」
「余程、君に惚れ込んでいるのだね」
「そうなんよ」
「話はまとまりそうですか?」
居間でおじさんとおばさんが一部始終をうれしそうに話す。
誰に話してるのかって?
局長と土方さんと山南さんにだ。
唯一、局長だけが渋い顔でやきもきしている。
喜びの空間に水をささないように。
江戸時代では人が多く集まる神社やお寺、茶店がお見合いの場になるようだ。
現代のように本人同士が食事しながら顔を合わせるというスタイルではない。
どうやら、相手の容姿や仕草を観察するだけ。
それも、偶然を装って。
偶然会ったフリをして、挨拶したりして。
わたしのためにセッティングされたのは四条河原の南座。
少し離れた桟敷席にて。
歌舞伎の上演中、チラチラとこちらに視線を向ける親子。
目が合ったら会釈をするくらい。
従順でお淑やかそうな子にでも見えた?
当の本人、主役であるわたしは舞台上の歌舞伎役者を見つめるばかり。
初めての歌舞伎だったのに、残念ながら内容はあまり覚えてないのだけれど。
心ここに在らず。
相手の顔すらまともに見る余裕がなくて、うっすらとしか記憶にない。
緊張のせいにして。
耳はシャットアウト、唇をかんでうつむいた。
聞こえていたのは自分の胸の音と、さっきの土方さんの言葉。
さっきの場面が頭の中でリピートされていて。
ずっと。
それ以外は何も考えることはできなかったの。
障子戸越しに大きな影ができている。
左之助兄ちゃんや沖田さんたちが聞き耳をたてているからだ。
気づかれないようにするの、ヘタなんだから。
でも今は横目で見ただけで、そんな様子に笑う余裕はもちろん皆無。
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