14.幕末ロマンには恋の魔法を(四)
「ほな、ぼちぼち行きまひょか」
おじさんとおばさんの後について玄関に行く。
草履を履いて、お淑やかにごあいさつ。
「行ってまいります」
「気をつけて」
「行ってらっしゃい」
ちょっと落ち込んで外に出ると…
門に背をもたれて下を向く人。
わたしの目にはすぐに飛び込んできたの。
「土方さん…?」
立ち止まって視線を合わせるけど、土方さんは何も言わない。
ただわたしを見るだけ。
そんなに見られたら困る。
「行ってきますね…」
耐えられずに目を伏せ、足早に立ち去ろうとしたときだった。
急に土方さんがわたしの手首をつかんだ。
ものすごく強く、ぎゅうっと。
驚いて振り返る。
「何…ですか?」
「………行くな」
え?
ドクンッと心臓が大きく飛びはねた。
息苦しいほどの鼓動。
今、何て言ったの…?
「行くな」
聞き間違いじゃない。
もう一度、今度ははっきりと確かにそう言った。
どういう意味?
「行くなって…行けと言ったのは、土方さんですよ…?」
動揺して声が詰まる。
喉が熱くて苦しい。
このままじゃわたし、泣いちゃいそうだって知ってるの?
頭の中がごちゃごちゃで、どうしたらいいか分かんないんだもん。
何で今そんなこと言うの?
わたし、どうしたらいいの?
どうして…
ずるいよ。
「土方はん、すんまへん。約束の時間に遅れますさかい」
おばさんの明るい声に、ふたり、はっと我に返った。
「すまん…忘れてくれ」
ぎゅっとつかまれていた手の力が抜け、離れていく。
離さないでほしかった。
簡単に手を離すなら、何でこんなことするの…
堪え切れず涙があふれてしまった。
「あ…おいっ!」
涙を拭って、呼び止める土方さんから逃げるように、おじさんとおばさんのところへ走った。
何、今の…
忘れられるわけないじゃない…
正気なの?
どう受け止めればいいの?
混乱させないで。
何でこんなに苦しくさせるの…?
喜んでいいことなのか。
ただの気まぐれなのか。
たぶん後者。
ちょっとした遊び心。
嫌いと言われるのもつらいけど、気まぐれもつらい。
心臓の音が止まらなくて、胸がはりさけてしまいそう。
やっぱり無理なのかな…
時代が違いすぎるのかな?
だから価値観や感覚も違くて。
普通の恋なんてできないのかもしれない…
子供の頃に友達と一緒にした、恋のおまじない。
みんなで恋占いもしたりして。
恋は必ず叶うと信じてた。
土方さんが何を考えてるのか分からない。
心が分かる魔法の呪文があればいいのに。
でも…
そんなのあったところで傷つくのは目に見えてること。
局長、違いますよ。
きっと、局長の思い違いだったんです。
わたしも他の女の子と同じです。
おもしろがって弄ばれてるだけなんです。
心なんて通じるわけない…
おまじないも恋占いも。
土方さんとわたしには、魔法なんて何もかからないの。
「悲しませるなんてどうかしてるよな、左之」
「馬鹿か?」
「近藤さん、左之…いたのか。ははっ、あいつも女なんだな」
「歳」
「俺としたことが…冗談さ」
「冗談?!ふざけんな!」
「左之、抑えろ」
「落ち着いてられっか!グズグズしてっと取られちまうぞ!」
「俺には関係ねぇよ」
「いいのか?」
「いいも何も、俺がどうこうする問題じゃねぇよ」
「それなら、なぜ今になってあんなことをした?」
「まったく、何やってんだろうなぁ。魔が差したんだよ」
「自分でも分かってるんだろ?」
「何がだよ」
「誤魔化すな。なぁ、歳。あの子は不思議な子だよな」
「突拍子もねぇことをしでかす変わり者の間違いじゃねぇか?」
「突拍子もないのはお前とよく似てるよ」
「近藤さんもそう思うか?実は俺も」
「総司と一緒にはしゃいだり、悪戯したり…まだまだ子供と思う反面、急に大人びた筋の通った事を言う。どこで覚えたのか世情の知識も持ってる」
「生意気にもな」
「気は強いが正直で、花や動物に愛情を注いだり、楽器を弾いたり
「かれん、明るくて可愛いだろ?なぁ、土方さん」
「それから、これには驚いたが…今日みたいに黙って綺麗にしていれば、なかなか色気もあるじゃないか。そういうの、好きだろう?」
「何が言いたいんだよ?」
「清らかで、人の喜びも痛みも分かる子だ。お前のことも理解してるよ。自分の気持ちを否定するな」
「…俺はひとりの女に縛られるなんて、柄じゃねぇよ」
「出たよ。素直じゃねぇな」
「まったくだ」
「他の女は知らねぇけどよ、これだけは言っとくよ。かれんのこと傷つけたら、土方さんだろうと俺は黙っちゃいないぜ!」
そんな話をしてたなんて。
もちろんわたしは知ることもなく。
この抱えきれない想いをどうしたらいいのか。
あの土方さんの行動をどう受け止めればいいのか。
ただただ、混乱するばかりだった。
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