14.幕末ロマンには恋の魔法を(三)

お見合いの日。


いつもならテンションの上がる華やかな振袖に袖を通す。


乙女度も上がるだろうか。


おばさんの着付けにもかなり気合いが入る。



「うっ…」


「あれまぁ、堪忍え。気張りすぎてしもた」


「おばさんったら」


「帯、きついか?」


「少し」


「ほんなら緩めよか」


「このくらいのほうが着崩れしなくていいかもしれません」


「そうかて、具合悪なったらしんどいやろ。緊張もあるさかい」


「ですね…」



目の覚めるような鮮やかな紅赤べにあか


土方さんが好きだと言った梅の花の色。


好きな色は赤。


梅なら白梅。


白梅の柄じゃないのが救いだけど、何か…無性に切ない。



「着物、かれんちゃんはこういうんが好きやろ?」


「はい、とっても」


「せやろ?おばちゃんの目に狂いはないわ」


「すみません、わたしのためにこんな上質なもの…」


「ええんよ、娘や思うとるさかいに。娘のためやったら大奮発や」


「ありがとうございます」


「大きゅうなっとったら、かれんちゃんみたいに喜んでくれたやろか…」


「誰がですか?」


「実はなぁ、うちには娘がいたんよ」


「娘さん?今はどちらに?」


「死んでしもた…」


「え…」


「まだ数ヶ月しか経っとらんのよ。夏の終わりに流行り病でなぁ。七つやった」


「7つ…そうですか…」


「綾、言うんよ」


「お綾ちゃん、わたしも会いたかったな…」


「お嫁に行く時は、綺麗に着飾って送り出してやりたかったわ」


「おばさんの娘さんですもの。きれいですよ」


「…堪忍。ちぃと感傷的になってしもたわ」


「いいんです」


「悲しんでたとこに、あんたが来てくれはった。お蔭で明るくなれたんよ」


「わたしも…おじさんとおばさんのお蔭で、こうして普通に生きていられるんです」



本当のお母さんとも家族とも、もう会えないかもしれないと覚悟してる。


忘れたことはない。


思い出しては涙を流す。



娘さんを亡くしたおばさんと、本当の母娘みたいになれるよね。



「あかん。泣いたら台無しや。そこに座り。もういっぺんお粉はたいたる」


「そんなに化粧したら濃くなっちゃう」


「それもそやな。でも涙の痕は消さんと」



流行りの蝶々髷という髪型に結ってもらい、かんざしや鹿の子をつけて。


普段の現代風ナチュラルメイクから、“いまどき”京風メイクに仕上がっていく。



鏡の中の自分が全然違う人みたいで。



「さ、行きまひょ」


「はい」


「あ!来ましたよ!近藤先生!」


「おまちどうさん。支度できましたえ」



おばさんに背中を押されて。


どうやら部屋の外では勢揃いであたしを待っているみたい。


どんな反応するかな?



「ほんまにべっぴんさんや。びっくりすんで」


「恥ずかしいです…」


「ほれ、はよう来なはれ」



おじさんの催促の声に応え、うつむいたままみんなの前に出る。


照れもあって、なかなか顔が上げられない。



「かれんちゃん、こっち向いてよ」



沖田さんに促され、観念して顔を上げる。



「ど、どうかな…?」



誰も何も言わない。


声を失ってる。



それはいいってこと?


ダメってこと?


誰でもいいから何か言ってよ。



斎藤さんが手に持っていた何かをボトッと床に落とした。


そんなに驚くって…


自分では結構イケると思ったんだけど…似合わない?



みんなのリアクションに、たまらず自ら話しかける。



「へ、変ですか?こんなにしてもらって…慣れてないから」


「いやぁ!こりゃべっぴんさんや」



おじさんが嬉しそうに目を細めて何度も頷く。



「びっくりしすぎて声も出なかったぜ」


「かれんちゃん、綺麗だよ…」


「平助さん、ほんと?」


「本当に。見違えるようだ」



山南さん、大人の男性にそう言われると安心です。



「銀杏返しの結髪も似合ってるねぇ」



源さんもニコニコしながら同調してくれた。


お世辞でもやっぱりうれしくなっちゃう。



「江戸では蝶々髷を銀杏返しと言わはるんどすか?」


「東西で呼び方が違うのですねぇ」



変ね。


お見合いは気が進まないのに、きれいになって褒めてもらえば自然にその気になる。



「どうした?今日はやけに大人しいな」


「永倉さん、それどういう意味~?」


「くれぐれも上品に振る舞えよ」


「かれんさん、本当に綺麗だ。お世辞ではなく本心だよ」


「ありがとうございます」



局長のお墨付きももらった。



「今日は何言われても上目づかいで、はい♡って頷くだけにしろよ!せっかく色っぽくしてもらったんだ」


「あはは!何ですか、それ~!何で左之助さんが手本を見せるんです」


「俺は男の目線で言ってんだよ」


「お前がやってもひとつも可愛くないぞ」


「そんなことないだろ。ほら、かれん!やってみろ」


「こ、こう?」


「もうちょい首を傾げろ。目線は上だ。そこでまばたき!違う、何か不自然だな」



身振り手振りかわいく指導するもんだから、みんなで大笑いしちゃった。




ところで、いちばん褒めてほしい肝心のあの人は…?


目が合うとさっとそらし、その場を立ち去る。



興味なしですか?


ちょっとくらい褒めてくれたっていいじゃん。


ノーコメントってないよ。



しょうがない。


眼中になきゃそんなもんだよね。



せめて“馬子にも衣装”くらいの皮肉を言ってくれればよかった。


そうすれば、いつもみたいに言い合いできて、気が紛れたのに。



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