14.幕末ロマンには恋の魔法を(二)

すると、盛り上がるみんなをよそに局長が一言。



「まあまあ、君の気持ちはどうなんだい?」


「結婚はまだまだ先だと思ってましたし…。わたし、好きでもない人のお嫁さんにはなれません」


「まだまだって、もう二十歳だろ。とうに嫁に行ってておかしくない年だ」


「かれんが乗り気じゃねぇんだ、いいだろ?断ったって。なぁ、土方さん」



続いて、左之助兄ちゃんが助け船を…って、わたしが聞けずにいることを、代わりにストレートに聞いちゃうのね。


何て言われるのか…緊張の一瞬。



「…いい相手なのか?」



名指しの問いに、ついに口を開く。



「分かりません…。顔も性格も、名前すら知りません」


「ま、結婚というものはそういうものだからね」


「お前に惚れるなんて物好きはどこのどいつだ?」


「室町通の呉服問屋の長男だって言ってたよね?」


「室町通には呉服問屋が多いからな」


「八木さんの知り合いといえば…あそこか?!大きな呉服問屋じゃないか」


「山南さん、知ってるのか?」


「おそらく三兄弟がいるはずだ」


「かれんちゃんがお見合い…」


「どうした平助?」


「そのお見合い、行くの?」


「平助さん、どうしたらいい?行きたくない…」


「なぜそれほど頑なに」


「八木さんの顔を立てて、って話だろ。ちょっと顔を合わせて挨拶するくらいだ。いいんじゃねぇか?」


「もし、それで気を持たせるようなことになったらどうするんですか」


「会ったらかれんちゃんだって気に入るかもしれないよ」


「思わせぶりなのは失礼です。軽はずみなことできません」


「こう言うんだ。八木さんに直談判します」


「平助、落ち着け」


「かれんちゃんの幸せを思うと、黙ってなんかいられません!」



お見合い写真なんかない。


一般庶民は比較的自由な恋愛もできるみたいだけど、公家や武家のお姫様や裕福な商家のお嬢様は多くの人が顔すら知らない相手と結婚していく。


庶民ですらも恋愛と結婚は別と考える人は多く、親が決めた結婚をするらしい。


そういう時代。



それは幸せなの?


愛は生まれるの?



「結婚しなきゃ、女は幸せじゃないのかな…」


「それがいちばんの道ではないかな」



分かってる。


それはそれで幸せで、愛も絆もあることは。



できない。


自由な時代を知ってるのに。



それに…


夢を諦めたわけじゃない。



「…女に学問は必要ないと思いますか?」



諦めたくない。



「所詮、女は自分で人生を選ぶことはできないと、みんなもそう思いますか?」



もしもその夢が叶わなくても、新しい夢を見つけたい。



「志を持つことが許されるのは男だけで…」



誰に与えられるものでもなく、自分自身で見つけたいの。



「未来を夢見て歩むことは、女にはできませんか?」


「うん…女子おなごに学問は必要ないと言う者もいるのは確か。しかし、私はそうは思わない」


「局長…」


「志を持つ権利はある。百姓にも、女子おなごにもね」


「生きる道は自分で決めたいのです。それが普通の人とは変わっていても。笑われたっていいんです」



わたしは今、江戸時代にいるけど。


好きでもない見知らぬ人のためにここにいるわけじゃない。



お願い、土方さん。


たった一言。



「行くな」



そう言って?


そしたら…



「いい話じゃねぇか。云々かんぬん言ってねぇで行って来いよ」


「歳!」


「気の強い、お転婆娘をもらってくれるって言うんだ。ありがたいと思え」



一瞬で心が凍りつく。


愕然とした。


その言葉だけで、わたしに致命傷を負わせる威力があるって知らないのね。



目の前が真っ暗で。


耳へ入る音も遮断されて、何も聞こえない。



ぼんやりしている間にトントン拍子に話が進んで、おじさんとおばさんの喜ぶ顔が見えた。


ただ愛想笑いをして頷くだけ。



わずかでも何でそんな言葉を期待したんだろう。


バカみたい。


そんなこと言ってくれるわけないのに。


悲しくなるだけだって知ってたはずなのに。



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