16.あの星のもとに(三)
「鬼になるのも優しいのも、どっちも土方さんです。怖いなんて思う理由がないんです。だって、いつだってわたしを守ってくれるもの。そうですよね?」
「ああ、そうだな」
クールで冷静だけど、冷酷なわけじゃない。
冷酷に見えるけど、本当は気遣いの人。
わたしはそれを知ってるの。
世界中に聞こえるように、それを知らせたいくらい。
「わたしはそういうところも全部含めて土方さんが好きなん…」
と言わないうちに、ぎゅうっと抱きしめられる。
腕や手に力が込められているのが分かった。
苦しいくらいに強くぎゅうっと。
その分、愛も込められている気がして。
「怖いもの知らずだな」
「怖い思いをしたときは、土方さんが助けてくれるから」
「いつだって恐れずに真っ直ぐ飛び込んできたもんな」
「飛び込んだら、これからもこうやって抱きとめてくれますか?」
「本当に俺でいいのか?」
「はい」
「後悔はしないか…?」
「後悔なんてしません」
「俺はいつどこでどんな死に方をするか分からねぇ」
「土方さんじゃなきゃ嫌なんです」
理解したい。
悲しい思いをさせたくない。
傷ついたまま、ひとりにしたくない。
決してそんなことはさせないわ。
わたしだって守ってあげたいの。
強い意志をそのまま伝える。
こんな気持ちも受け止めてくれる?
「さっきの…半分は本音なんだ」
「本音って?」
「結婚すれば女として幸せを掴める」
「結婚なんかしなくていいの。土方さんと一緒に生きていきたいんです。それだけでいいの」
苦しいときはわたしを呼んでください。
夢の中へでも、すぐに飛んで行きます。
土方さんがそうしてくれたように。
「ずっとそばにいさせてください」
喜びも悲しみも分かち合いたい。
寄り添って感じたい。
それがどんなに小さくてささやかな幸せでも。
「眩しかったんだ」
「眩しい?」
「だから目を背けたい時もあったが、変な女だと文句言いながらも、初めから気になってたんだ、たぶんな」
はじめは相容れない存在だとばかり。
お互いにそう感じてた。
仲よくなれるとは少しも思えなくて。
でも、嫌だと言いながら気になっていたのはわたしも同じ。
「それなのに、泣かせるようなことしかできねぇなんてな…」
「そんなことありません。わたしのこと、ちゃんと見ていてくれました」
「無鉄砲だから、放っておけねぇんだ」
いつの間にかこんなに大きくなった想い。
わたしの心を離さない。
ひとりでは抱えきれそうにないから、ふたりで育てていく。
「局長が言ってました。少しだけど、土方さんは昔のように笑うようになったって」
「近藤さんがそんなことを?」
「はい、とてもうれしそうに」
「そうか…」
「これから、わたしにもたくさん見せてくださいね」
向かい風のときこそ味方でいます。
誰かが鬼と罵ろうとも、わたしだけは味方でいます。
道に迷ったら、光の射す出口を一緒に探そう。
土方さんとなら遠回りしてもいい。
決めた。
わたし、未来には帰らない。
ここにいる。
土方さんのそばで、この時代を生きる。
決めたの。
わたしの決意は揺らがない。
お父さん、お母さん、ごめんなさい。
ここまで育ててくれたのに心配かけてごめんなさい。
勝手に決めてごめんなさい。
ワガママばかりで、いい娘じゃなかった。
姉らしいこともひとつもできなくて。
いつも悠のほうが大人だったよね。
うれしい時も、楽しい時も、つらい時も、悲しい時も。
いつも支えてくれた大好きなみんな。
友達なのに理由も話せないまま。
みんな、ごめんね…
もう会えない。
好きな人ができた。
恋をしたの。
しかもね、好きな人の恋人になれたんだよ。
強くて、かっこよくて、優しい人なの。
分かってくれる?
いつもみたいに背中を押してくれるでしょ?
会えなくても友達だよね?
ひとりひとり、未来にいる大切な人の顔を思い浮かべる。
できることなら、好きな人を紹介したかった。
それが心残り。
先のことは分からない。
目先のことしか考えてないって。
現実を見なさいって叱られる?
それでもいい。
わたしには確かな現実。
いつか訪れる21世紀の未来を懐かしみながら、ここから未来へ歩んでいく。
目標はここでも見つけられる。
土方さんの隣で新しい夢を見る。
だから、未来は明るいの。
「この間、歌ってたのは何て歌だ?」
「歌?」
「井戸端で髪を梳かしながら歌ってた」
「ああ、『ゴンドラの唄』です」
「ゴンドラ?」
「西洋の小さい舟です。運河で乗るような」
「あの歌、聞かせてくれないか?」
「♪“いのち短し 恋せよおとめ…”」
いのち短し 恋せよ
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日の ないものを
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