11.恋の最初のまなざし(七)

がばっとはね起きる。


左腕に激痛が走った。



「痛っ…」



息切れがして、汗をびっしょりかいていた。


腕には白い包帯。


血が滲んでいた。



わたし、生きてる…?



「かれん!」


「かれんちゃん!」



我に返って周りをゆっくり見ると、心配そうに見守る顔が並んでいた。



「傷の具合はどうだい?」



局長の声にすぐに反応できず、頷くことしかできない。



「随分うなされていたんだよ。無事で何より…」



山南さん…



「怖い思いをしたねぇ。可哀想に…」



源さん…



「あの…さっきの男の人は…?」


「残念ながら…」


「そんな…」


「何でこんな危険なことしたんだ!」


「歳!」



怒鳴り声にビクッと震えた。


イタズラしたときとは比にならない、ものすごい剣幕。


こんな土方さん見たことない。



「…ごめんなさい」


「助かったからよかったものの、一歩間違えばお前も殺されてたんだぞ!」


「落ち着け。病人に向かってそんなに怒鳴るんじゃない」


「土方さん、すみません。私が離れたばっかりに…」


「違うっ…沖田さんのせいじゃ…」



クラッとめまいがして気が遠くなった。


たくさん血が出たからかな?


体中を倦怠感が襲う。



「傷が深いんだ。まだ無理は禁物だ。体に障る」


「横になりなさい」


「わたしが勝手にやったんです。ごめんなさい…」


「分かった、分かった」



無言のまま、土方さんは部屋を出て行ってしまった。


心底怒ってるみたいだ。



涙が流れて止まらない。



「土方君の言うとおりだよ。なぜ危険を顧みずに…」


「君の正義感は素晴らしいが、もう危険なことはしないと約束してほしい。分かったね」



局長と山南さんに優しく諭され、その言葉が心に響く。


肩を震わせ、声を出して泣きじゃくった。



「そうだぞ…俺なんかもう心臓が飛び出るかと思ったよ…」



左之助兄ちゃん…



「今度そういうことがあれば、すぐ俺に言え」



永倉さん…



「本当に約束だよ。傷は深いけど、幸い致命傷ではないし、骨にも達してないみたいだし、命があって本当によかった…」



平助さん…



斎藤さんを見ると、黙って頷く。



「あいつ、あれでも心配していたんだ。血だらけで総司に抱えられて運び込まれて来た時、血相変えてね」


「ごめんなさい…本当にごめんなさい…」


「とにかく今日はもう休みなさい」



なだめ励ますように頭を撫でてくれた。



心配かけて、ものすごく反省してる。


それからひどい自己嫌悪。



行動も言動も慎まなきゃ、迷惑がかかる。


組織なんだから、誰かが責任を取って切腹なんてこともありうるし…


新選組の責任になれば会津藩との関係だって危うくなる。


容保様からの信頼も失うことだって…


あんなに真面目で話の分かるお殿様、きっとそうそういるもんじゃない。


取り返しのつかないことになったら大変なのよ。



しばらくぼーっとしていた。


行燈の光が消えてもそのままにして。


真っ暗闇の中、ひとり。



思い出してしまう…



あの人、血がいっぱい出て苦しんでた。


息をしなくなった。


目の前で人が死んだ。



目を閉じてもあの光景が浮かんでくる。


未だ青ざめ、震えるほど怖い…



こんなこと、前にもあった。



初めてここに来た日。


鴨川に架かる橋の下。


あのときは土方さんが助けてくれた。



それから、芹沢先生たちが亡くなった日。



そうだ、新選組も人を斬る…


容赦ない現実に襲われる。



カタッと小さな物音。



「だ、誰…?」



灯がなくて何も見えない。


恐怖で敏感になっているの。


声が震える。



「…俺だ」


「土…方…さん?」


「ああ」



声で分かる。


何だろう。


少しだけ安心した。



布団の横に腰を下ろしたのが気配で分かった。



無言。


暗闇の中の沈黙。



唇を真一文字に結んで、涙を堪えていた。



「…泣いてたのか」



首を振るのが精一杯。



「さっきは…怒鳴って悪かったな」



涙を堪えているせいで声が出せない。



「少し様子を見に来ただけだ。寝ろよ。俺は行くから」



とっさに背中に抱きついた。



「ひとりにしないで…!お願いです…」



何も言わないのね。


初めて会った日と同じ。



たくましい背中に甘えて、涙が枯れるほど、疲れるほど泣いた。



泣きすぎて目が痛い。


明日、腫れちゃうかな。



「すみません…」



伏し目がちに背中に謝る。


涙は止まっても、かすれた小さな声しか出なかった。



「…今日は満月だ」


「満月…?」


「少し起きれるか?」


「はい…」



立ち上がり、わたしの手を取った。


繋がれた手。


少し前を歩く土方さんについてゆく。



あ、歩くスピードがいつもと違う。


合わせてくれてるの?


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