12.恋をするとは思わなくて(四)
無言のまま左足も同様に洗い終わり、桶から足を持ち上げ、自分の膝の上に乗せて手拭いで拭いた。
「ありがとうな」
「いえ…」
「前から思ってたけど、お前、何で髪結わねぇんだ?若い女に流行りの髪型あるだろ?」
「自分じゃできないし…」
「髪結いにやってもらえばいいだろ?せっかく髪も綺麗なんだ」
「へっ…?!」
突然の褒め言葉に動揺が隠せない。
いや、ただの思いつきの発言だろうな。
たしかに、あの日本髪にしないわたしは浮いている。
ポニーテール、ハーフアップ、編み込み、おだんご…現代風の髪型を気分で変えている。
年齢によって流行りの髪型もあるみたいだし、やってみたいな、って気持ちはあるけど。
「だって…月1か2回しか髪を洗えないなんて汚すぎて堪えられません」
「ふっ…随分と綺麗好きなんだな」
何でだろう…気まずい。
そんなこと、わたしが勝手に思ってるだけなのに。
「おしろいついてます…」
「ああ、すまん」
「そんなに好きな人がいるんですか?」
無理して話しかけたのに、よりによって思いついたのはこんなことだった。
これじゃあ、自爆じゃん…
「好き?いい女なのは確かだが、俺は心の底から惚れたことなんてねぇよ」
「え…?どうして…」
いつもどおりの声が出ない。
「そんなの…相手の女の人に失礼じゃないですか…」
ショックだった。
心が折れそう。
島原に行ってたこと?
それもそうだけど、違う。
「なぜ俺がモテるか分かるか?」
誰かを愛しく想ったり、大切に想うって幸せなことだよ。
大事な感情だと、わたしはそう思う。
「自分からは決して口説いたりしないからさ」
何か言ってたけど、今のわたしの耳には届かなかった。
心から人を好きになったことがないなんて。
体だけっていうこと?
土方さんにとって、恋って何?
このご時世、暢気に恋してる場合じゃないのかもしれない。
でも、それ以前の問題だ。
「どうした?いつもの威勢は。具合悪りぃのか?」
「べ、別に…」
「まだ傷が疼くんじゃねぇのか?」
「平気です…」
この人は勘が鋭い。
堪えるんだ。
意地でも涙は見せない。
普段どおりにして、笑えば平気。
「片付けなきゃ…」
ぐいっと後ろから肩を掴まれ、顔を覗き込まれる。
「お前…どうした?変だぞ」
「なん…何でもありません」
「何でもないわけないだろ。今にも泣いちまいそうじゃねぇか」
「女の人たちみんな、かわいそうなんだもん…!」
「あぁっ?!」
泣き出しそうなのをぐっと堪える。
「愛がないなんて…ひどい…!うぅっ…」
「何でお前が人の情事に首突っ込むんだよ」
「そうですね…わたし、どうかしてる。ごめんなさい」
どんなに強い人であっても、心を許せる人の存在は必要だよ。
局長たちの他にはいないの?
それとも、いらない?
これからも本気の恋はしないの?
うわべだけの遊びの恋しかしないの?
相手がどれほど土方さんを想ってるかは知らないけど。
愛されることはない。
自分と重なった。
思い知らされる。
だって…
分かってしまう。
伝わってしまうの。
いくらキスをしても、体を重ねても。
この人はわたしを見ていないと。
心からわたしを好きじゃないと。
その想いが本気であればあるほど。
そんなの苦しすぎる。
叶わない恋だと分かってたはず。
ダメかもしれないなんて何回も何回も、何万回も思ったじゃない。
分かってるのになぜ苦しいの?
「お前は本気で惚れたことあんのかよ」
「…ある。あります!わたしは中途半端なことはしない!恋が始まるときも、終わるときだって…」
フッと呆れたように笑われた。
どうして笑うの…
土方さんからしたら、年も離れてるしわたしは子供なのかもしれない。
考え方もあまちゃんで…
心に秘めておくって決めたばっかりだけど。
バレようが何だろうが、どうでもよくなってきた。
子供は子供なりに本気で恋してるんだから!
ヤケになったせいで、とんでもないことを口走ってしまった。
「何なら…本気の恋ってやつを教えてあげましょうか?」
自分の心をコントロールできない。
どうしよう。
ここはわたしの時代じゃないの。
いつの間に?
わたしの心は土方さんでいっぱいになってしまったの?
悩まされるほどに惹かれてしまったの?
この人には絶対、恋なんかしないと決めてたのに。
神様、好きになってもいいのでしょうか?
ダメって言われても、もう遅いのです。
心が好きだと言ってるんだもん。
わたし…
土方さんが、好き。
恋風は来たばかり。
恋をした。
わたし、恋に落ちてしまった。
100年以上もの時を超えて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます